カレンダー

05 | 2005/06 | 07
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

月別アーカイブ(タブ)

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索

Amazonおすすめ とか

自動リンクでいったいどんな商品がピックアップされるのか実験も兼ねて置いてみました。 はたしてこのブログはamazon的には……。



載せてみたりする。

リンク
最近は、ガソリンは仕事場に行く途中にあるスタンドで給油している。

前々回は、レギュラーが1リットルあたり113円だった。
前回の給油は、1リットル112円になっていた。
それが、今は110円になっている。

原油価格が高騰していて、国内の卸売りか価格も引き上げられようとしているというのに、よくまたがんばっている。
都内では、廃業して閉鎖・解体されていくスタンドの姿もちらほら見かける。路線や地域によってはもっと熾烈な価格競争をしているところもある。
生き残りのためとはいえ、凄まじいことだ。買う方としては、安く手に入るにこしたことはないが、過激な競争で共倒れになられて、供給ルートが少なくなってしまうことも困る。
これからどうなるかは、気になるところだ。
って、ジゴロウさん、いきなりそういう願いをいいますか!

昨日のオンエア分は、まあそれなりに進んでいるなとか思っていたら、今日はそう来ますか!
もうなんというか……ほんと、どうなってしまうのか。

「たぶん俺、今週で終わりだから」

たぶんなんですか。ほんとうにたぶんなんですか。
そんなこと言ってると、みょうに期待しちゃうじゃないですか。

週末には理由をたっぷりと説明するとの予告までされて、これでいよいよ金曜日は見逃せない!
CODED ARMS」を発売日に入手して以来、細々と続けている。

もともとFPSのジャンルでは、PCでさんざん DOOMやら、DUKE NUKEM 3Dやらをやっていて、ゲーム酔いなるものまで体験したけれども、そんなものが携帯ゲーム端末でできるようになったとすれば、これはもうやってみるしか無いというもの。

初めのうちはどうしても上下の視点の移動がスムースにできなかったりとかしていたが、ようやくデフォルトのキーアサインにも慣れてきて一つめのパートを終了。今は二つめのパートの最初の方で、武器のバージョンアップを延々と繰り返している。特定のアイテムを集めると、使用する武器のバージョンが上がって、威力がましていくのだけども、今のうちに主力になりそうな武器を強めておくことで、この先に控えているというボス連に備えている状態だ。
今のところ、いちばん使い勝手が良いというサブマシンガンが最高レベルまでになったので、引き続きもう数種類ほどをレベル上げの真っ最中だ。

マップをロードの都度創りだすというシステムは、前評判ほど驚くものではなかったが、それでもマップじたいはある程度のパターンが見えてきている。さすがに敵やアイテムの出現位置がランダムなので、完璧に憶えてもあんまり意味はない。ランダムさゆえに、時にとんでもない位置にとんでもなく手強い相手がいたりして、直前にセーブしておいた自分に感謝することもしばしばあったりしている。

各所のレビューなどを散見していると、まだまだ未見の敵や武器もこの先には待っていそうなので、楽しみが多い。少しずつじっくりとやっていきたいものだ。
いよいよシリーズ最後の一人が到着。

これまたなんともボリュームたっぷり。いろんなところが、それはもう。

050628

なんといっても、梱包から取り出すとき、思わず腰のジョイントが外れてしまっていたくらい、服も凄けりゃ、髪パーツもすごい。
なんだかこれだけで、じゅうぶんにまとまっているから、わざわざ組み替えなくても良いような気になってしまう。

「それよりさ、あんた、そんなカッコしてたら、暑くない? 夏だよ」

姐さん、いくら自分がミニスカートだからとはいえ……。



原チャリで走りながら、やたらと喉がかわいたなと思っていた。

仕事場近くの自販機で、スポーツドリンクのペットボトル (500ml) を2本買って、1本は仕事場についたら一気飲み。もう1本は、少し後のためにとっておこうと思って、冷蔵庫へ。まあ、その際に、どうせならと冷凍庫に入れたのだけど。

しかし小さな冷蔵庫とはいえ、能力は高かった。
90分ほどで、9割方凍ってる。中心部が塊になっていて、周りをほんのすこしばかり液体が取り囲んでいる状態。
これじゃあガブ飲みできませんがな。
壁面に触れないように、棚になっている上に置いたというのに、これで凍ってしまうなんて。油断していた。

それにしても今日は眠いですよ。
作業しながらも、知らないうちに首が動いていたりとか。
さっきも「映画」と手書きしようとして、なぜか「アニメ」って書いてしまったし。
自分の思考回路が今どうなっているかが、ちょっとした興味あるかもしれませぬ。
月曜日の朝は、いつもとは違った心境で tvkにチャンネルを合わせる。

二回目だと薄いね、などといいつつ黒幕がまた姿をさらす朝。
月曜日からここまで堂々とやるとなると、金曜日までにどんな展開をするのか、はらはらどきどきするしかない。
アパートという設定上は、どんな理由付けをしてくれるのだろう……。

って、なにルーレットの前振りで、「今週で俺やめんだし」とあっさりと言っちゃうですかぁ!!!

しかも月面ではっきりと言ってしまうとはぁ。

「今週をもってお役御免!」

 (;´д⊂)

tvk のサイトにある、一週間分の放送予定のページを見ていたら、な、なんと!

今週で

ジゴちゃん出演は、

おしまい。

(あ、ペパーもね)

そのわけは・・・

詳しい解説は

金曜日の放送にて。


なんだってーーっ!(AAry

なんだかきな臭いものを感じてはいたのだけども、こんなにも急展開になるとは思っていなかった。
そうか。それで先週の、あの黒幕の登場だったのか。

2ちゃんねるのスレッドでは、お祭り直前状態。
来週が見納めのジゴロウ。(と、ご意見番。)
再来週からはいったいどうなるのか。

うわぁ。目が離せない。



<創元SF文庫の新訳版ようやく読了。

ディックの作品としてはめずらしく、登場人物の「世界」が崩壊することなく、まさしく現実認識が崩壊することなく、進行する物語。それはそうだ。なにせ登場人物たちは一気に(核)戦争後の世界に生活することになるのだから。
それでも戦争後の世界にはディックらしい部分も含めてSF的要素が盛り込まれている。
もしも大きな(核)戦争がまた起こり、それでも生き残った人々がいたら、どんな社会と生活がありうるのか。ディックの出した一つの答えは、どこか懐かしく、人々の生活の強さを示し、しかし厳しくもあり、残酷な一面をも描き出す。

どことなく、廃刊になったままのゼラズニイとの共作『怒りの神』を彷彿させる部分もあったりして、ディックらしくない (プロットの破綻しない) 展開をしながらも、物語にはディックらしいものがあちこちにちりばめてある。(核)戦争後の世界を跋扈するミュータント生物、その中でも知性を宿しかけているネズミを駆除するための自動律動する小型機械は、この物語のためにカスタマイズされたディックらしいガジェットの一つだろう。

渡辺英樹氏の解説では、フレデリック・ジェイムスンの論評を引用して、善と悪の対立が物語の構造の一つとして存在することを指摘している。ただし、この物語での善も、悪も、それぞれ絶対的なものではない。
例えば悪の側は、象徴的にあらわせば病に冒されている。一人は世界に厄災をもたらした結果、精神に変調を来し、他の一人は病んでいるがゆえに強大な能力を手に入れている。
対する善の側も、絶対的に善として優れた位置にあるわけではない。デンジャーフィールドはただ一人地球を周回する人工天体の中に閉じこめられ、時として悪態をつき、病に倒れる、ただの個人の存在でしかない。もう一人にしても、少女の腹腔内に存在する双子の弟で、自らでは動くことも外の様子を見ることもできず、善を意図してものごとに取り組むわけではなく、むしろ子供としての残虐な一面も時として窺い知ることができる。
また、舞台となる地域のリーダーとして渡辺氏が指摘している存在も、絶対的な強者としては描かれることはなく、むしろある種の欲望にはストレートに行動するタイプとなっている。

こんなにも捩れた存在を両極に置いている物語は、善と悪の対立も捩れながら決着をつけ、世界にはひとまずの日常が訪れる。
そこに至るまでに何度か描かれる、物語の最初から登場している人物の姿には、人間の生きる強さと、平凡な中に込められた日常サイズの善と悪の姿が見え隠れしているように思う。さらにそこには何らかの未来への期待も込められているのではないだろうか。

そしてディックの生涯を少しでも知ってしまうと、今回の版を翻訳した佐藤龍雄氏の巻末の付記を締める一文がとても切ない。

作者フィリップ・K・ディックの双子の妹ジェインの御魂に本書を捧げます。


自分の場合、物語冒頭から順に書いていくということは、ほとんどやらない。

まず全体の流れを考える。
そうしているうちに、個別のシーンのイメージがわいてくるので、そういった部分はどんどん書き出してしまう。
この部分は冒頭から順番に浮かんでくるとは限らないので、必然的にとぎれとぎれの物語の断片となって溜まっていく。

ある人が、そういった書き方をしたら難しかったと言っていたのだが、自分としてはいつものことなので、別に難儀だとは思ったことがない。
大概の場合、断片はクライマックスとか、終結部とかの、要になる部分なので、自分としては頭の中でプロットを整理しているようなもので、そこに至るまでの流れは決まっている。その断片の部分に至るまでの状況や、キャラクターの感情といったものが決まっていれば、最終的には断片の間を埋めていくだけの作業になる。

そんなことを考えていたら、第5話と第6話を投稿する一年前のファイル、2003年4月28日付けの書きかけの状態が出てきたから、少し長くなるが紹介してみよう。




⇒ 続きを読む
だいぶ真剣に引っ越しを考え始めている。

まずは荷物を減らせよ、という大問題があるのだが、それは最終的には力業でなんとかするにせよ、どうも今の部屋のままでは次の契約更新はする気になれないので、新しい部屋の物件を探し始めてはいる。
自分の場合、まず原チャリが置けるかどうかという条件がクリアにならないといけないので、その時点でかなり絞り込まれる。後はありきたりな範囲の条件に加えて、CATV導入済みであれば良い感じだ。いや、CATVはtvk視聴のために必須なので(苦笑)。

そんな中で、立地条件的には今とはさして変わらず、賃貸料金もさして変わらず、少し広くなり、低層階に良さげな物件がありそうな感じだ。
今どき礼金、敷金各2ヶ月というのはどうかという人もいるかもしれないが、その他の条件を重ねていくと、それなりに納得できそうな感じだ。
問題となりそうなのは……駅との最短距離のルート上にコンビニが無いことだろうか。まあ、ちょっとだけ寄り道すれば……自分としてはあんまり利用したくない……スリーエフがあるし、駅前のスーパーは23時までやってるから、よっぽどのことがない限り餓死することはないだろう。
それと、北向きになる可能性がかなり高いが、それはそれで。まったくの日陰というわけでもないのだし。

今はとりあえずメールで問い合わせの最中。
なんとなく入居に際しての資格審査がありそうな予感がしないでもないけども、はたしてどうなることやら。
今月はしっかりとした雨脚の中で移動することになってしまった。

バス停で待っている間も、停留所と病院の間の移動も、ずっと雨の中。傘を差していても、足下が濡れるような降りがずっと続いていただけで鬱陶しい気分になってしまう。

そしてふと、昔はそんなこともなかったような気がするな、などということを思い浮かべてみたりもした。
郷里で片側1車線しかない国道のバス停で、側溝の蓋が並ぶその先の30cmもない段差にみんなで並んで待っていたような記憶が甦る。家からそのバス停までも、数分は歩かないといけなかったのだけども、そんなに苦痛に感じていたとは思っていない。
そういえば、中学生の頃には粋がって、かなり立派な降りの雨の中を傘も差さずにずぶ濡れになって帰宅したこともあった。どうも、今ほど憂鬱には感じていなかったのかもしれない。もしかしたら、感じていたことすらも忘れているのかもしれないが。

そんな国道も、今となっては整備され直し、きちんとした歩道ができていたりする。
すべては過去の出来事。記憶の中にだけ残る光景。そしてそれすらも次第に薄れゆく。
体調が少し上向きだったので、原チャリで移動した。

さらには、暑くなると言われてる中、駅との間をひたすら歩くのがしんどかったということもある。

朝方もそうだったのだけど、帰り道、都心で街頭にいる警官の数がいつもより多かったような感じがした。
いや、霞ヶ関では車両検問をやっていたし、確実に数が多かった。
今の時期だといったい何が目的だったのだろう? そういえば上空を飛び交うヘリコプターの数も多いようにも思える。
ただ、いくら考えても目的が思いあたらない。少し都心部から離れたら、警官の数がいつも通りになっていたから、よけいにわからない。

うーん。なんだったのだろう。
ココログ、めっちゃくちゃ重くてぜんぜん表示できませんよ。

メンテナンス前夜だからといって、こんなものですか?
有料サービスですよね。
会費に込みのサービスとはいえ、有料なんですよね?
先週末以来、久しぶりにいくつか断片を書き出したりしている。

ただ困ったことに、それがまたすぐに発表できるものではない部分だったりするので悩ましい。
そんな中でも比較的まとまるまで、実際の距離は別にしても、いちばん近いところにあるだろうもので、昨夜書いていた断片がこれ。




 いつの間にか、世界はただ一つの色彩のグラデーションに染め上げられていた。ユウヒの視界を数え切れないほどの雪のかけらが風に流されて大きな生き物のように揺らめいている。すぐ目の前を行くカウンセラーの姿より遠くはすべて雪の色に溶け込んでいくかのようにも思える。しかしその先は暗闇ではない。白でもない、灰色の空間が口を広げていて、すべてを飲み込もうとしているようにもユウヒには思えた。
「雪の夜ってのはね、あんがいと明るいのよ。きっとあちこちの灯りを反射して、光をまぶしてくれているからかもしれないけど」
 ユウヒの考えを察したのかどうか、歩きながらカウンセラーが前を見たまま言った。新雪を踏み分けて歩き続けているというのに、息が上がっている様子は少しもなかった。
「あの、もう少し」
 もう少しゆっくり歩かないかと言いかけて、ユウヒは息をのんだ。突然に視界が明るくなったかと思うと体を震わせるほどの轟音が鳴り渡ったからだ。
「合図の花火ね。お神楽が次の場所に到着したってこと」
 先を行くカウンセラーも足を止めて空を見上げていた。その姿が紫色から赤くなり再び雪の色に染まるのをユウヒはじっと見つめた。
「さあ急がないと。間に合わなくなっちゃうわ」
 そう言ってすぐにまた前を向いて歩き始めたカウンセラーの後を、あわててユウヒは追いかけるように続いた。
「急ぐって、なにを」
「最後のね、社殿がいちばん派手なの。見逃したら大損よ」
「損って、そんなに価値があるとでも」
「そりゃそうよ。毎年この日だけは、祭りの夜は家々からこぞってお社にみんな行くのよ。神様といっしょに。神様をたたえながら、一年の生に感謝しながら、いっしょにお社まで行って、いっしょに喜ぶの」




うーん。
実際のところ、他の部分も含めて、けっこう断片がいろいろと浮かんできているから、実際にまとまるのもいちばん先になるかもしれない。いっそ作業の優先順位を振り直して、これを真っ先に片付けた方が良いかもしれない。

しかし、この断片だけだと何をやっているのかまったく不明だ……。
それに仕上がっても、やたらとだらだらと会話してばかりになりそうな予感もしているし……。
先週に比べたら、良い方向にある感じだ。

実は先週はずっと腰に鈍い痛みと違和感があった。
基本的には眠っているときに変なことをしてしまったのが原因だろうとは思うが、仕事場のイスに座っているとだんだんと痛みが増してくるのが日々繰り返していたのには、だいぶ精神的にも体力的にもダメージが大きかった。

それと自律神経が不味い具合になっていたようで、軽く喘息の発作が出続けていたりとか、睡眠がまともにできていなかったりとか、いろいろなものが重なっていた。
そこに蒸し暑さが加わってきたので、体調としてはかなりギリギリに近いところでいつづけたのかもしれない。

ひとまず、今日のところは腰の痛みは落ち着いている様子だ。
睡眠もまあ万全とまでは言い切れないものの、それなりには眠っているし、相変わらずの喘息はさておき、先週に比べたらやはり良い方向にはあるようだ。

あとは体力の低下しすぎないように気をつけつつ、これからのシーズンを乗り越えることを考えていくことにしたい。
こういうことをしていると、減量が二の次になってしまうのが困ったことではあるのだが。
山下達郎らとともに、シュガーベイブでデビューした大貫妙子、1980年のソロアルバム

全体を通して漂うヨーロッパな雰囲気が極まっている。
坂本龍一がアレンジしている曲では、細野晴臣、高橋幸宏、大村憲司らが、加藤和彦がアレンジしている曲では、岡田徹、白井良明、鈴木博文、橿淵哲郎らが、それぞれ演奏している。皆、それぞれのグループやバンドでテクノポップやニューウェーブを極めつつあった頃に、実に上品なバンドのサウンドを作り上げている。

いやぁ、実にカッコいい。
トラック#1 での坂本龍一は、アナログシンセ (Prophet-5) の艶を存分に効かせ( 翌年のYMOのアルバム「BGM」ではまったく逆の方向の音色を繰り広げてみせることになるのだが)、トラック#6 では清水信之が白玉中心のハモンドオルガンで音色の絶妙さを魅せるのにぐっときてると大村憲司のギターソロがどーんと迫ってくる。
それに大貫妙子の声もカッコいい。独特の歌い方のボーカルだけども、抑えたときの表情や、張った声に溢れる若さとか、上質な部分を封じ込めたアルバムになっている。

空を駆けて

海を流れ

砂漠揺られ

たどりつく CARNAVAL

(CARNAVAL)


ラジオから流れてきたこのフレーズに背を押され、レコード店に走っていった過去のあの日をふと思い出したりしてしまう。

それにしても、本当は別のアーティストのアルバムを買いに行ったはずなのに、なぜに大貫妙子を。
まあ良いけれども。無事にタワーレコードのポイントカードの更新もできたことだし。
なんて思ってたら、去年も同じようなことをしていたし (苦笑)。行動パターンはそうそう変わらないというわけか。
詩と批評の雑誌、綴りは Eureka 。

そんな雑誌が取り組んだ、フルアルバムを出したばかりのムーンライダーズの特集記事。

ユリイカといえばその昔、何度目かのディックブームの時にそんな特集のを買ったなぁとか、当時は他にも「銀星倶楽部」とか「WAVE」とかいろいろあったなぁとかの思いは余談。

特集のタイトルは、「薔薇がなくちゃ生きてゆけないんだってば!」。
ヨーゼフ・ボイスのことば、「薔薇がなくちゃ いきていけない」をキーワードにしたムーンライダーズが最も尖っていた頃のアルバム「マニア・マニエラ」を思い起こさせるものを再び引用した企画には、編集部の熱いものをどことなく感じてしまう。
今年でアルバム・デビュー29周年を迎えるムーンライダーズは常に時代の斜め上方にいたように思うが、その中でも特に尖っていたのが、やはりパンク、ニューウェーブ、テクノの流れの真っ直中にあった1982年発表のアルバム「マニア・マニエラ」は絶対に忘れることができない。

20歳前後の若者たちにムーンライダーズの曲を聴かせて感想を募るとか、各メンバーの譜面やメモ書きとか、さまざまなコーナーに興味は尽きない中で、圧巻なのは鈴木慶一の7時間に及ぶインタビュー記事だ。
グループ結成前、はっぴぃえんど解散の頃から時代を追って語られる、バンドの歴史のエピソードには、まだまだ見落としていたことが多く残っている。
「ANIMAL INDEX」(1985年)のレコーディング時、鈴木慶一が精神的に追いつめられたというのは有名な話ではあるけれども、それがかなりストレートに「夢が見れる機械が欲しい」という曲に反映されているのはちょっとした驚きだった。

目が覚めたら ラジオ消して

テープレコーダー 自分の声いれて

土の中に 埋める

(夢が見れる機械が欲しい)


アルバム発売後のコンサートのステージをついつい思いだしてしまった。
基本的に演奏者の前には大きなスクリーンがあって、オーディエンスに見えるのは背後からの照明に照らされてできるシルエットだけという特異な状況。
そんな中、ぽつり、ぽつりとメンバーが一人ずつスクリーンの前に出てくることがあって、この曲では鈴木慶一はスピーカー付きのラジカセを抱えてヴォーカルを努めた。最後にステージを去る際に、ラジカセのテープを回してリピートするフレーズがとても印象的だった。
夢が見れる機械が欲しい…… 夢が見れる機械が欲しい…… 夢が見れる……

他にも目を惹くエピソードがいろいろとあるが、今回の特集で、ふと気になったのは、長原豊氏が評論 「ボクたちのエアーギター  73年の風景」の中で引用していた、はちみつぱい時代の盟友和田博巳の言葉の中の次の一節だった。

感性とか勢いとか資質といったものだけで作品が出来上がるわけじゃないし、そうやって出来上がったものはたいていは大したものじゃない


なにかを表現しようと、表現して伝えようとするのなら、無視できない指摘だ。けっして軽んじてはいけない。
一昨日あたりの予定では、夜のご飯は地元の韓国料理店に行ってみようかと思っていた。

特に、冷麺の評判が良かったので気になっていたのだけど、帰り道にのぞいてみたら店内一杯でとてもゆっくりしていられそうにない雰囲気だった。
それで今回はしかたなく見合わせ。ビビンバも食べたかったのに……。代わりのメニューを何にするかを考えて、「お米のご飯がやっぱり食べたい」という気持ちが強かったので、いつもの廻船丼屋に足が向かう。まあ、酢飯でも、ご飯はご飯。

こちらの店はカウンターが空いていたので座って、無難に上まぐろ丼をオーダー。
出されたお茶を飲んでくつろいでいたら、カウンターの中から店の人が声をかけてきた。

「特上でなくていいの?」
「え? あるんですか?」
「あるよ」
「じゃあ、それでお願いします」

ホワイトボードには書いてなかったのだけど、これはラッキー。
一日の最後に、良いことが舞い降りてきたようなことだ。

そんなことでいつぞやの特上まぐろ丼。今回は画像つき。

050617a

うひゃぁ。
心なしか、切り身が厚くて大きいような気がするんですけど。
いやいやいやいや、けっして文句を言ってるわけではなく。
ささやかな幸せを堪能させていただきました。ごちそうさまでした。
座ったお父さん。

背は高くないけど、スポーツで鍛えていそうな良い体格。さらりと着こなしたスーツもよく似合っているし、日焼けした肌に、切り揃えた髭が逞しそう。
それで、昨日の夜はもしかして、焼き肉ですか? それとも天ぷらですか?
服にかなり匂いがしみついてしまっている感じ。タバコ臭さが加わってないだけ、まだましだったけれど、せめて帰ったら風通しの良いところにつり下げてあげましょうよ。そうでなくてもこの季節に、連日おなじ服を着るってのは、ちょっと服が可哀相な気がするのでした。
外してくれることがある。

今朝見た内容だと、今ごろけっこうな量の雨が降っているはずなのだけども、そんな感じではない。
雨雲レーダーの情報を見ても、さして強い雨雲があるようにも見えない。
あららら、どうやら外れてしまったのですかね。土砂降りの雨の中を移動することを考えれば、こんな方向に予報が外れるのはそんなには気にならないけれども。
多少悔しい思いをするとすれば、「うーん。原チャリで移動はイヤだと思って電車にしたけど、そうすることもなかったかな」といった程度か。
まあ、今日はいずれにせよ、原チャリで移動するなんて考える気が起こらないくらい雨が降っていたわけだが。
並べるのに具合の良いケースをようやく調達できたので、ANAユニフォームコレクションの CAの皆さんを勢揃いさせてみた。

050614a

やっぱり、こうしてみると壮観だ。
そして一つ一つの出来が良いのがよくわかる。

巷ではだいぶ祭りの熱気も落ち着いてきたような感じもするが、うちではこれからいろいろと盛り上げてもらうことにしよう。

さて、問題は、並べたケースをどこに置くかで……。
相変わらず低めで安定しているような感じだ。

吸入ステロイド剤のおかげで、大きな発作こそ抑えられてはいるが、なかなか発症前と同じという具合にはいかない。
そして特に最近は、仕事場への移動方法をどうしたものか悩ましいものもある。

座れれば軽く眠ることもできるし、雑誌も読めるので電車の移動は楽だ。
でも、駅との間がしんどい。なるべく負荷をかけないように歩く――減量のためには負荷をかけた方が良いのだろうが――ようにしているのだが、それでも息が上がる。息が上がると、呼吸機能が万全でないから、しんどくなる。
目的地に到着してから少しの間は、「クールダウン」が必要になってしまう。

もう一つの手段は原チャリの利用だ。特に、終電が終わってから移動することもあるので、時として非常に助かっている。
しかしこれもまた問題がある。道路を、それなりの交通量のある路線を走るためか、排気ガスの影響を受ける。すると軽微とはいえ発作めいた感じになることがある。大きな発作ではないからまだ良いだろうと考えることもできるかもしれないが、それでも度重なると今後の病気に影響がないと自信を持って言うことはできない。

さあさあ困った。どうすれば良いのやら。
移動するのに、問題があるのなら、いっそ仕事場の近くに引っ越すのも手かもしれない。
手頃な物件さえあればの話だが。
それでも30度は超えてないし、夕方になったら雲も出てきて、風も吹いている。

とはいっても暑いものは暑い。空気の通りが悪い部屋だと、昼間はじっとしていたくもない。
それで出歩いていると、これがまた暑い。ついつい、涼しさを求めて、いろいろな店にふらふらと立ち寄ってしまう。
冷たい飲み物がありがたいことこの上ないけれども、度が過ぎると後々胃腸に影響が出るからほんとうは気をつけないといけない。

でも、これでもまだ序の口。夏はこれから。
本番真っ盛りともなったらどうなることか、不安に駆られてしまう。
さてさて。今からどうしたものか、取れる対策は準備しておくに越したことはない。
昨日の録画予約分が失敗したので、どうしたものかと思っていた。

それが今日、「さて、ちょいと再生してみるか」とリモコンで操作をすると……なんてこったい。いつもとちがう動作音がして、テープのローディング途中で電源が落ちてしまった。
それからは、電源入れるとローディングしようとして失敗して勝手に落ちるし、テープも吐きださないし、テレビ受像器としてすら機能しなくなってしまった。
とにかくテープを外に出せない以上、事態は改善しないし、ケースを開けてどうこうというわけにもいかないし、かといってテレビ無しで生活なんてできないし(バカ)、とにかく受像器だけでも調達しようということにした。

そんなことで、いったん出かけて帰ってきたというのにまた出かける羽目に。
2万円弱のテレビデオもありはしたけれども、今さらVTRで録画し続けるのもなんだしなぁとか、配送を待っていられないので持ち帰るのにCRTなんてのは拷問に等しいので、一番安い液晶テレビを選ぶあたりがほんとうに小心者。

ううう。それにしても今月、来月はなにかと出費が増えそうだというのに……。
なんてこったい。
油断した。

LaLa DX の予告はまったく注意をしていなかったので、出たばかりの最新号を買ってきたら、緑川ゆきが載っていてちょっとびっくり。そしてかなり嬉しい。

今回は、とある生き物から転じた物の怪が中心に話が進むのだが、どこかしんみりとしながらも爽やかな空気を抱えている。もとの生き物にまつわる俗信も、後に話の展開を暗示するものを含んでいてうまくできている。
またしても主人公たる夏目は、四人いたきょうだいを「皆 私のせいで 死にました」と語る物の怪に情を移す。そして周囲が「低級」な存在のために「利などなにも」ない「馬鹿馬鹿しいことを」するのかと言うのに対して、「友人の為に動いて何が悪い」と返し、生命の危険さえある競争の場に身を投じる。

物語はある意味では予定調和的な結末に向かってひたすら流れるのだが、それでも最後の最後に思わぬ光景に出会うに至り、誌面の中の夏目とともに涙することになるだろう。

次の号では一回休んで、10月10日発売号にまた掲載になるらしい。今からとても楽しみだ。

今年もついにこの季節がはじまってしまった。

ちょっと憂鬱になる季節が。
暮らしの中で、雨の必要さはわかっているつもりではいるけども、このじめじめとした季節と、つづく蒸し暑い熱射の季節は、自分としてはあまり好きにはなれない。
はぁぁ。部屋の中はじめつくし、洗濯物は乾かないし、外を出歩くにも原チャリが使いづらくなるし、まったくもって憂鬱だ。

さっそく電車の移動を考えて、回数券を買ったりしておかないと。
他にやっておかないといけないことは……さてさて、なにがあったやら。。
油断をしていたら、いつの間にか発売になっていたクラフトワークのライブ・アルバム

収録しているライブは、そう、あの、熱狂的だった最新のワールド・ツアーの時のもの。それも各地のテイクを曲ごとに織り交ぜて選んでいて、渋谷AX での 「電卓」 も入っている。
しかも憎らしいことに、ドイツ語盤と英語盤があって、「モデル」「ヨーロッパ特急」「ロボット」など一部のトラックが違ったテイクになっていたりする。となると、両方ともそろえなければなるまい! といったところなのだけども、まずはドイツ語盤を入手。

オープニングでの恒例ともいえる 「Ladies and Gentlemen...」 から始まるロボット・ボイスがカットされてるのが残念だけども (日本公演だと、しっかりと「シュクジョ シンシノ ミナサン……」とフォローするあたりが流石だ)、さすがはオフィシャルなレコーディングとトラック。クリアな音で楽しめるのはすごく嬉しい。

クラフトワークのライブとなると、ただシーケンサーを走らせているだけかと思われるかもしれないが、決してそんなことはない。最新のSONY VAIO ノート・パソコンだけをステージ上に並べたライブでも、アルバムばりのフィルタ・ワークやディレイ、リバーブ処理をリアルタイムでこなしていたりして、なかなかにホットなものだ。それに意外とスクリーンに映し出されるビジュアルも存在感が大きい。ライナーに何点か、ステージの写真が大きく収めてあるのだけど、かなりスタイリッシュだ。

聞きながら、ついついライブの様子を思い出したりしてしまう。年甲斐もなく。
しばらくの間、ヘビー・ローテーションで聞き続けることになるかもしれない。

あちこちで、紫陽花の花を見かけるようになってきた。

050608aこれは地下鉄の駅から仕事場に行く途中にある花。毎年、青く色づいている。

郷里の庭にも紫陽花は植わっていたが、上京してからいわゆる山紫陽花の花にも出会い、大胆な造形に惹かれている。色合いは、紫よりは、青の方が好みだ。

東京の近くだと、鎌倉や箱根登山鉄道では、たくさんの花を眺めることができるらしいが、最近では豊島園でもイベントとして紫陽花を楽しめるようになってきている。
そのうち時間があったら、どこかにゆっくりと眺めに行くのも悪くないなと思っている。

数日前に、松屋の前を通りかかったときに、「スープカレー」のポスターが貼ってあったのが気になっていた。

でもそういうときには大概、すでに食事を済ませていて満腹だったりもする。
それでやっと、試してくることができた。

050607aいちおう生野菜も欲しかったので、ナンと冷たいスープもつくレギュラー 590円を選択。その上のスペシャル (690円) のチキンまではいらなかったし、プレーン (390円) に生野菜を追加というのも違うなぁ、と思ってしまったので、無難に真ん中を選ぶというあたりは弱腰かもしれない。

調理には手がかかるのか、多少出てくるまでに時間がかかる。
でも、ナンもいちおう温かい状態で出てくる。多少柔らかいできあがりなのは、保存も考えるとしかたのないところかもしれないが、好みの問題もあるだろう。
欲を言えば、ナンを食べるのに手を使うこともあるので、おしぼりがあると嬉しいのだけども、そこは松屋、しかたがないのかもしれない。
カレーじたいは、たしかにスープカレーのごとく、さらっさらだ。その中にたくさんのスパイスが浮かんだりしている。スパイスは赤いものよりも、圧倒的に黒や深い褐色のものが多い。上に浮かぶ油が、店によってはオレンジ色だったりするが、松屋では黄色い。
他に具は、松屋らしく、ジャガイモ、ニンジン、鶏肉が2~3切れずつ。どれもちゃんと煮込んである状態だ。
この野菜、「切るのが面倒だったのかと思った大きさのジャガイモとにんじん、あと、鶏肉が入っている。」と驚いている人もいるが、北海道とか、下北沢のマジックスパイスとかに行ったことがなければ、そう思ってしまうかもしれない。それでも松屋というチェーン店で、すぐに調理して完成させられるメニューとしては、しっかりとしている部類だと思う。

そして味はそれなりに辛い。辛さに弱い人はまず食べられないだろう。ココ壱の3倍くらいが食べられないのなら、やめておいた方がよい。
実際には、そんなに後を引く辛さではなく、食べ終わってからスープや冷水を口に運べば流れてしまうくらいでもあるが、食べているときにはしっかりとした刺激がある。
でも思うのだけども、これ、ご飯にサラダ用の「黒酢ドレッシング (きざみたまねぎ入り) 」 を混ぜておけば、甘さと酸っぱさで多少は辛さが和らげられるかもしれない。

自分としては、ナンよりはご飯で楽しんだ方が良かったと思う。たぶん、プレーンだとご飯の量が多いかもしれないと期待して、次はそちらを試してみたい。


6月8日追記

ウェブを少し見ていると、「辛い」という声はけっこう多い。(例えば、批評.com とか。)
ファーストフード店で、一般向けのメニューとしては、松屋はかなり冒険していると思う。
いや、値段を考えると、けっして悪い内容ではないのだけど、万人向けから外してくるあたりが、やっぱり冒険に思える。
本日のオンエアにおいて、ついにジゴロウにより、お台場のパクりキャラに対する宣戦布告がなされた!

ふむ。
となると、実行作戦としては、収録見学をサクサカーが大挙して申し込むことになるのだろうか。
そして抽選に受かったあかつきには、各自、いちばん大きなサイズのぬいぐるみを持って収録現場に行くしか!

今日は久しぶりに2ちゃんねるのスレッドを覗きに行ってこようか……。
公私ともに様々な文章に接することが多いが、時として「読んでいて気持ち悪くなる文章」と出会うことがある。

たいていの場合、ふふふと笑って軽く流すのだが、ごく稀に、とてつもなく気持ち悪くてどうしようもない文章というものにも遭遇する。

つい先日、まさにそんな文章に出くわしたので、自分でもどこが気持ち悪いのかをしっかりと確かめるためにも、少し細かく見ていきたいと思う。

対象となるテキストは、All About にある、「2007年問題って何ですか?」という記事だ。( 以降の引用はすべて上記ページ以下からのもの。)
なお、観点としてはあくまでも文章表現として気になったところを指摘することにし、内容の正当性については一切の論評を行わない。




2007年問題ってご存知ですか?



そういえば今世紀を迎える時に2000年問題というのがありました。2007年問題とも少しからんできますのでおさらいをしてみましょう。


これが書き出しなのだけど、いきなり少し引っかかるものを感じてしまう。
第一文で「ご存じですか?」と振っておいて、次の文でいきなり違うものを持ってくる。自分ならもう少しフォローするところだ。せめて、「そういえば似たようなことばで……」とかするくらいでも違ってくる。

しかしこれはまだまだ軽いジャブの応酬程度だ。

さて、2000年へ世紀が変わる時、「99(1999年)」が「00(2000年)」となり、2000年を1900年と誤認識して色々なシステムで不具合が発生するのではと危惧されました。


内容の領域に多少踏み入れるが、2000年は20世紀だ。世紀が変わるのは21世紀になる2001年の初頭の時だ。
こういう些細なチェック漏れも積み重なると気持ち悪さを増す原因となる。

2000年問題はプログラムの年号という局所的な問題でした。ただし日付に従って業務が動くことが多く、システム全体に影響する問題でした。


若干主語が曖昧になっている。
すっきりさせるには、「ただし企業の業務は年号も含めた日付のデータに従って動くことが多く」くらいに表現した方がよい。

レガシーシステムとはいわゆるメーンフレームと呼ばれる汎用コンピューターなどの旧式の情報システムのことです。今も現役で使われています。大企業であればメーンフレームですが、中小企業ではオフコンがレガシーシステムとなります。


段落冒頭でレガシーシステムを定義しておきながら、すぐに内容を追加して変更している。こういうことをすると読み手は混乱する場合がある。

レガシーシステムと呼ばれる旧式の情報システムなど止めて、新しいシステムに変えてしまったら?話はそう簡単なものではないのです。


疑問符の後に空白を置かないと読みづらい。
唐突に疑問形の文章を放り込んでくる。もう少し前後のつながりを考慮した方が仮定の提示と、それに対する以降の反証の展開の構図がわかりやすくなる。

少し寄り道してフォートランというかなり古いプログラム言語が今も現役で使われている例をみてみましょう。



フォートラン(FORTRAN)という科学技術計算用のプログラミング言語があります。

とっても古い言語で1957年にIBMで開発された言語です。現在の色々なプログラミング言語の祖先にあたるような言語です。


「例をみてみましょう」としておきながら「あります」とつなげるのは間抜けだ。
「フォートランは科学技術計算用のプログラミング言語です。」として、次の段落にすぐにつなげることができるはずだ。

フォートランはスーパーコンピューターの現場で今も使われています。大量の計算を行う地球環境のシュミレーションや分子設計、遺伝子解析などバイオ部門などにスーパーコンピュータが使われています。とても高価なコンピュータです。


ここも文章の座りが悪い。
フォートランのことを言いたいのか、スーパーコンピューターのことを言いたいのか不明確だ。
それでも後半は、「スーパーコンピューターはとても高価なコンピューターで、大量の計算を行う(中略)などに使われています。」とすると、少しは見通しが良くなる。
要するに、ここでも主語が不明瞭なままに文章を続けてしまっているから気持ち悪くなっている。

フォートラン言語で作られたプログラムは翻訳(コンパイル)されて機械語に変換されますが、フォートランの翻訳には最適化(オプテイマイズ)という機能があり、これがとんでもない機能になっています。



スーパコンピュータに慣れていない初心者ユーザーが下手なプログラミングを作ると、結果として時間がかかるプログラムになってしまいます。ところがこの下手なプログラムを最適化して短い時間で処理するプログラムに翻訳してくれます。


ここではまず、後半の段落に注目したい。なんとまたしても主語が不在になっている。誰が最適化して翻訳してくれるのだろうか?
実は隠れた主語は前の段落にある「フォートラン言語」だったりする。とんでもない文章構造だ。

前の段落もけっこう酷い出来だ。どんな時にコンパイルされるのか不明確だ。まあ、システム・エンジニアが読む分には、「ああ、プログラムを実行する際のことだな」と見当をつけることができるだろうが、もしプログラミングに疎い人間までも読者に想定してるのだとしたら、不親切なこと、この上ない。

▼下手なプログラム

10回ループする。

 Aという配列に0を入れる。

9回ループする。

 Bという配列に1を入れる。

▼プログラムを最適化する。

9回ループする。

 Aという配列に0を入れる。

 Bという配列に1を入れる。

残りのAの配列に0を入れる。



これで無駄なループが減ることになります。これは単純な最適化の例ですが、こういうノウハウが山のようにつまった言語になっています。


一応、構造を明確にするために例も含めて引用した。さあ、この最後の文章に注目だ。
またしても主語が欠落している。これは省略だとしたら乱暴だ。いったい何が「ノウハウが山のようにつまった」ものだといえるのかを明示せずに論を進めるのは稚拙だ。

歴史が長い分その蓄積が人類の財産になっています。つまりフォートランを捨てるわけにはいきません。


そして直後の段落まで主語がないままになだれ込んでしまう。
そもそもここで段落を分ける意味がどれだけあるのだろうか。全段と一つにして主語を整理した方が、よほどすっきりとする。

中小企業が今から新しいシステムを導入するのであればメーンフレームやオフコンではなく、リナックスなどのUNIX系サーバやWindows系サーバの導入をまず考えます。


断言しちゃいました!

ところが色々とシステムを導入しているうちに気がつけばメールサーバやウェブサーバ等、社内に10台ほどのサーバが林立することになります。


この筆者、全般に読点の数がとても少ないが、ここは使い方を変えるともっとすっきりとまとめることができる。
「(前略)気がつけばメールサーバやウェブサーバなど社内に(後略)」
読点は、文章構造を考えて、読者が把握しやすいように用いるのが効果的な場合もある。

大企業でひどいところでは何千ものサーバが社内に導入され統制がとれなくなっているところもあります。そこで集中型のメーンフレームに戻す動きもあります。つまり今もメーンフレームは出荷され続けています、


この段落は最低の部類だ。

「大企業でひどいところ (中略) なっているところもあります」
自分なら、この重複は回避する。「なっている場合もあります」くらいの語彙や機転は無いのだろうか。
次の文章への繋がりも酷い。なにが「そこで」なのだろう。流れとしては「そこでは」とか「中には」といった接続の方がすっきりしている。さらには「メーンフレームのシステムに戻す」くらいにきちんと述べた方が親切だ。
「出荷され続けています」という受動態で言い切るのも自分としては気持ち悪い。筆者はメーカーの回し者として論述しているのだろうか。「メーンフレームは使い続けられています」ではいけないのだろうか。
そして注目するのは、最後が読点で終わってることだ。これは引用ミスではない。原文そのままだ。もう笑うしかない。

レガシーシステムは基幹となるシステムができた後に例えば消費税が導入されれば対応プログラムを継ぎ足したりして複雑で肥大化した状況になっています。


強引な文章構成だ。
無理矢理に例を挿入しておいて、例示の部分をわかりやすくしていない。
それ以前に、一つの文章の中でこのような展開をする必要があるかどうかを検討するべきだ。

最初は3階建てのビルでしたがプレハブの増築などで5階立てに変わってしまったのがレガシーシステムです。これを機会にビルを壊して、新しいビルに立て替えるのがシステム再構築です。



ただし、レガシーシステムが蓄積した先人の知恵は活用できません。どうしても信頼性、安定性に劣るため、補完する仕組みを考えながら取り組む必要があります。



反対にBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)を行うチャンスでもあります。現行業務を是とせず、業務の流れから本当にその業務は必要か見直して、業務の流れにあったシステムへ移行することです。



団塊の世代が退職するまで、まだ時間があります。今後、レガシーシステムをどうしていくか考える機会にしてください。


いよいよ結末なのだが、三番目の段落が唐突で、流れの中で浮いている。
「再構築は悪いことばかりではない」と期待を持たせようとしている意図は分かるが、それに適した展開になっていない。いや、簡潔に流しすぎている。




目立った部分だけを拾い出してみたけれども、初めて目にしたときは、読みながら何度「ひどすぎる」と心の中で叫んだことか。
せめて人目につくところに公開して、読んでもらうことに意味がある文章なら、もっとしっかりとしたものを作り上げるように心がけたいものだ。

中野に、ちょっとした味噌ラーメンが味わえる店があるという情報を得たので行ってきた。

050605a中野も実は青葉をはじめとして、多くのラーメン店が集まるところだ ( 最近は青葉は質が落ちたとの声もあったりはするが )。
多くはカウンター席だけのラーメン専門店で、どこもが工夫を凝らして味を競い合っている。

そんな中で味七は味噌ラーメンを誇る店。
ウェブ上での評判を眺めていると、良いと悪いと両方の意見を見かけるのは致し方ないところ。それでも中には、札幌で味噌ラーメンに親しんだ人が「本場の味」だとした評もあったりするので、期待は持てそうだった。

店舗は中野駅北口にもっと近いところに支店を出していたりするが、今回は本店の方を訪れた。




050605b

塩ラーメンを推す声もあるようだが、今回は「好きだ」という意見の多い辛味噌をオーダー。

厨房の中が見渡せるので、作っているところを待ちながら眺めてみることにした。
まずは丸底の中華鍋で挽肉をじっくりと炒める。味噌だれを加えてさらに炒めたところへ、たっぷりの出汁を入れてスープを作る。そこへ玉葱とモヤシを炒めずに入れて火が通ったら麺にかける。
具は他に卵とメンマと刻みネギ。

辛味噌だと、最後に唐辛子ダレが追加になる。
他にも自由に生ニンニクをクラッシュして追加できるのだけども、今回はそのままの味を楽しむことにした。

WEB上ではパンチが少ないという声もあるが、地元にある札幌ラーメンを謳う店と比べてみても、逆に派手さのないところが「らしい」ようにも思える。
麺はやや中太のしっかりとした縮れ麺。スープとの絡みも、存在感も悪くない。
しんなりとした玉葱とモヤシも邪魔するわけでなく、きちんと全体の味を支えている。
自分としては好みの味わいとして、しっかりと完食した。難点を言えば、多少値段が高めに感じてしまうところだろうか。

ほんとうはこの後、もう1軒、別のラーメン屋に回ろうかと思っていたのだけど、ここだけで満腹になってしまったので、そちらはまたの機会にすることに。
asahi.com を見ていたら目についた記事。

「1000曲ケータイ」秋登場 東芝の超小型HDD内蔵 (asahi.com 2005年06月05日11時30分 )

東芝が投入してくるキャリアとすれば、au と vodafone がありそうだが、ここのところは vodafone の方でシャープに次ぐ機能重視モデル実現メーカーなので、これも vodafone から出てくる可能性が高いのではないかと思う。
それにしても HDD だ。消費電力が高く、耐衝撃構造も考慮して、さらにこれまでよりも小型のものを開発してまで、HDDでくるというのが目を引く。4GBくらいなら、そのうちにシリコン・チップでも十分に低価格化するのではないかという気もするが、それでも開発コストをかけてもHDDにすることに意味があるのだろう。
昨今のシリコン・オーディオ機器も、かなり小型化してきているが、音質としてじゅうぶん使い物になるアンプ部や、MP3などのコーデックに対応したチップなど、ケータイの内部で激しい陣取り合戦があるだろうと想像できる中、どれほどのものを送り込んでくるかも興味深い。

ただ、個人的にはバッテリーの持ちとかを考えると、あんまり積極的にケータイで音楽を聴き続けようという気はまだ起きない。毎日、充電台に端末を置くような生活をしている人だとそんな意識もないかもしれないが、音楽のために稼働させた分は確実に待ち受け時間、通話可能時間ともに減っていることに変わりはない。
今の自分が使っている端末も、音楽再生に対応してはいるが、あくまでもこれは専用機が使えない場合のバックアップとしての意味合いが強い。
端末の高機能・高密度化の傾向が、どこまで実用的な範囲内で強まっていくか、これまた興味深いものだ。
なぜかオシャレな店が並ぶ中にある仕事場に行くところから始まった。

大学の時の知り合いが、後ろからついてくるのをイヤな気分がしながら仕事場に歩いて向かう。洞窟のような内装の中を歩き、自分の席に向かう。まだ作業は始まってはいない。
しかし今日はどうやら作業というよりも、打合せのほうがメインらしい。いろいろと準備とかをしてる間にも、人が増えていく。
仕事の相手の直接の担当者は高校の時の同級生。遅れてやってきた彼は憔悴している様子だ。どうやらこれまでの作業であちこちから横やりが入って大変なことになっているらしい。
そして打合せが始まると、人数は100人を超えるくらいになっていて、場所も広い宴会場のようなところになっている。しかし内容はといえばぜんぜん打合せといえるようなものではない。会場の前の方には、直接関係ない連中の前回の宴会の時の写真が並べてあったりして、なんだこれはと思う。

打合せが終わると、皆が三々五々と帰っていく。その中に、紺色の制服めいたスーツを着た W のふたりがいて、自分の方にやってくる。背の低い門のような、戸板のような、地面に立っている木製の建造物に打ち付けてあった、帽子に取り付けるようなものを外して、ふたりに手渡してあげる。

ふたりの家に招かれいっしょに向かうことになった。緩やかな上り坂の道に、オシャレな作りの家が並んでいるところを歩いていく。打合せという名目の宴会の土産物の料理を持った中学の時の同級生が遅れてやってくる。
家の前に着くと、家族が出てきて歓迎してくれる。その場にあるテーブルに土産品を並べる。中身は蒸したての料理らしい。そこに家族がもう一品、家の中から準備していたものを持ち出してくる。そのまま食事会になるようだ。




うーむ。明け方に見る夢はなかなかにイメージが明確でいながら、それでいて妙にシンボルめいたものが、飛躍しながら登場するから興味深い。
ふと気づいてみると、ひとつとしてまともに見ていない。

なんというか、自分として魅力を感じるものがなにもない。
月9ですら、「F1? キムタク? ふーん」程度にしか感じていない。大河ドラマも真剣に見ようという気はおこらないし、帯ものも、惰性でなんとなく画面がついている状況に変化がない。
どうも、1クールで終わるものが主流になって以来、自分の中では最低レベルの時期になっているようだ。

いやぁ、おかげでその分、睡眠時間が増やせるから非常にありがたいのだけど。

あ。待て。そういや、ホーリーランドは録画して見ていることをすっかり忘れていた。
でもまあ、そんなくらいなもの。
いつもの海鮮丼屋に立ち寄った。

残念なことに、特上まぐろ丼はなかったので、かわりに注文したのは北海丼と名づけられた品。

050602a

乗っているのは、生ウニ、イクラ、ホタテ、サケ、アオリイカ。

いや、ついつい、生ウニに目がくらんでしまい。
他にも、生ウニ丼(イクラつき) というのもあったけど、イカがほしかったのでこちらを選択。

いやいや、ちょっとした贅沢。多少の出費ではあるけれど、昼間の仕事でストレスたまっているから、自分へのご褒美。

イカも良かったけれど、イクラも存在感があったし、サケが予想外によい感じだった。
おかげで、ちょっとだけストレスにさようなら。
このところ、なにかとピンキーづいているのだけども、こんどはこの人が到着。

050601a和風ですよ。和風。
柄がちょっとアレではあるけれど。

ちょっとばかり、他のシリーズとの組み替えするには難があるかもしれないけれども、これもまたバリエーションということにしておこう。

それにしても、この髪型も、これまた、なんとも、立派な……。

あ。
でも案外ときりっとした表情をしているから、顔パーツだけ使って丸ごと組み直してみるのも面白いかもしれない。

ま、それはまた、時間があったらゆっくりと。

// HOME //
  1. ばら