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自動リンクでいったいどんな商品がピックアップされるのか実験も兼ねて置いてみました。 はたしてこのブログはamazon的には……。



載せてみたりする。

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「仔犬のワルツ」 最終回のラストカット、視聴者に届けられた一発の銃声は何だったのだろう?

可能性としてはいろいろ考えられるのだが、誰かを撃ったというのは少し考えづらいような気がする。
なによりもそう思わせてしまうのは唱和する二人の声、「愛しています」。
平穏を得たようなその声は、想像を色々とかき乱してくれる。

それは多分に (~^◇^) もそうだったのだろう。
27日のあなたがいるから、矢口真里で言ってたのだけども、前の日(26日) に最終回を見て以来モヤモヤしていたものがあって、オンエアの前に (●´ー`●) と一緒になった NHK-BS の生放送で現場にやってきた安倍に質問してすっきりしたのだとか。
これって、どう考えてもやっぱり最後の銃声のことだろう。このオンエアでもその真相は語られなかったけれども、ここはやっぱり受け手が一人一人考えて、納得のできる答えが見つけられれば良いのだろう。

多分、愛も普遍的でありながらも人それぞれなのと同じように、得られる答えも一人一人違うのだろうから。
過去に書いたもの (2003年1月上旬) に、他のページのために書いたものの中から再掲 (一部加筆修正)。

現実からほど遠くないと思われる世界と時間の中、そこへただ一つだけのテクノロジーを挿入したことから生まれる劇的な空間。そこに生まれるストーリー。

ただ一つのテクノロジー、MRIスキャナー。
現代の医療用測定・検査装置とも似通った名称を持つこの技術は、死者から取り出した脳から映像記録を再生することを可能にする。
これによってもたらされる社会構造の改革、その顕著なところは警察機構に影響を与える。
なぜなら被害者の末期の記憶を再生することで、加害者の特定を可能にし、犯罪捜査に大きく関与するからだ。
科学警察研究所・法医第九研究室はそんな MRI捜査を執り行っていて、新任捜査員の青木は戸惑いつつもこの新しい技術を用いた職務に取りかかることになる。

これまでの作品では、犯罪の異常さとそこに潜む心理を描き出していた第九シリーズだが(第一話は舞台をアメリカにして、死せる大統領の秘密について描いていた)、前作では第九に着任したばかりの青木の後輩が事件に関与することで、物語に新しい側面を付け加えることになった。
凶悪犯罪捜査のためとはいえ、死者の、他人の記憶に触れることの恐れと戸惑い。残された「感情」に触れることの衝撃。
青木は病死したばかりの実の父親の日記を手に悩み抜く。他人の秘密を知ることに意味はあるのか?、と。

実は意味はある。青木が行っていた特殊捜査 (死刑囚の脳を MRIスキャンすることで、『罪状と事実を照合』し、さらに『故人が他の犯罪に関与していなかったか調べる』ことを目的とする) は、MRIスキャナだからこその新事実を掘り起こす。
しかし法と現実を前に無力でしかない「秘密」を抱え、そのままジレンマに陥る青木。死刑囚が最後の朝に何度となく繰り返した想いはそのまま幻と化してしまうのか?
最新作ではこの他人の秘密に土足で踏み入ることへの意味と意識が強調されている。
そうすることに意味はあるのか? 秘密を暴いたところで、更なる秘密を抱え込むだけの捜査をなぜ続けるのか……。

たった一つ、現実と非常に似通った世界に投入した技術は、ここまでもの影響を作品世界に広げてしまう。
そんな作品を享受することができるこの至福。
そしてそこに描かれる研ぎ澄まされた凛々しい世界。
前作では被害者の内的宇宙の驚くまでの多様さと想いの強さが呼び起こすものを描いていたが、最新作でのあっと驚くような終盤の記憶の光景には、青木と一緒に涙するだけだ。


あまりにも あまりにも あまりにも

倖(しあわ)せで 倖せで 倖せで

総(すべ)てがやさしさと愛情にみちあふれていたので

本当にこんなに世界が美しいのなら

本当にこんなに世界が愛にあふれているのなら



  (メロディ 2003年2月号掲載分より)


プロット的にはやや破綻している感もないわけではないが、最後に描かれる情景には圧倒されるしかない。
どこまでも鮮烈で、想いにあふれた記憶の光景。

少女マンガ畑だけにとどめておくには惜しい、稀代な力作にまた出会えたことには、感謝するしかない。
「仔犬のワルツ」 最終回は野島伸司による脚本だった。

皆が求めていたものは愛。形は違うにせよ、水無月家とその周囲の人々は誰もが愛すること・愛されることを求めていた。

野島さん、あんたって人はぁ!

毎回の選抜試験とは別に、くりかえし登場していた楽曲。
光あれ。
この時ばかりはと、燃え上がる炎の如く激しく演奏されるピアノ曲には驚かされる。

そして展開が早過ぎるのとは別に、テレビ番組雑誌に載っていた一枚のカット写真が気になっていたが、最後の最後になってようやく明かされる一連の事件の犯人。
とてつもなく戦慄的な光景。
ヒロインを盲目に設定したのは、すべてこの絵を作りたいが為ではないかと思ってしまう。
彼女は眼前に突きつけられた銃口を気にするそぶりも見せずに、願うように、求めるように、導くように、口にする。

「私を愛してると言って」 「言葉に出して言って」 「私の目を見て」

野島さん、あんたって人はやっぱり!!

残された銃声はただ一発。そこに相応しい光景はどんなものだったのだろう。

2週間ぶりのプリキュア…………。

それがあんなですか?
キリヤの最期があんな程度で語られてしまうのですか?
あんまりすぎます! ひどすぎます!
もう少し、せめて人間らしく……(違います

いや、せめてもう少しまともな脚本とまともな絵コンテとまともな動画割りとまともな作画を割り当ててあげられなかったのですか。
……ほとんどダメじゃん。 _| ̄|○

でもまじめなところ。
今回のエピソード、1回でやることじたいが無理だったと思う。
そうすれば、キリヤ、あんな訳の解らない最期にならなかったはずなのに……。
今日の天気は曇りベースで、夜には雨だったのでは?

なのに東京は昼には見事な青空。
少し空気が別のものになるとか、冷房の効いているところとか、いろいろ考えて少し厚手の服で出歩いたらとんでもない騒ぎに。
帰り着いたら汗だくの状態。かなり水分を補給したけど、まだ渇いてるような気がする。

ひとまず買い置きのミネラルウォーターはあるので、当座は大丈夫だろうけども、後でジュースかなにか買ってきますか。
Windows2000 SP4 と WindowsXP SP1 だけというのは……。

ようやく店頭で Adobe AfterEffects 6.5 のアップグレード・パッケージを購入してきた。
アプリケーションの内容とか、Pentium4/Xeon に最適化してあるということを考えれば、対応するOSの限定もしかたのないことかもしれないけれども、ついに 98SEやMeは切り捨てられることに。
それって、我が家では今使っているマシンではもうどうしようもないということを意味していることになってしまい……。
一足早く、PhotoshopCSでも、Windows2000 SP3以降と、WindowsXP になってしまってるので、これまた仕事場に持ち込んでいるPCでは動かないことになってしまい……。

こうして次々とアプリは古いOSと別れを告げていくことになるのはしかたのないことなのかも。
最新の機能を必要としなければ、古い設備とアプリでもなんとかなるのだろうが、そのうちに古いバージョンのサポートが切り捨てられるようなことになったりしたら、ほんとうにお手上げだ。

これでも Adobe はすべてのバージョンからのバージョンアップができるだけ良い方。
アップグレード・ポリシーなんていう妙なものを持ち込んだ Macromediaさん。胡座をかいていると、いつか転びますよ。なんとか考え直しません?
NHK朝の連ドラ、ここしばらく AK 制作には外れが無かったのだが……。

今やっている天花は、完全に惰性で見ているだけになってしまっている。
それだけまったく、積極的に見ようと言う気になれない。
役者は悪くないところを揃えているのだけども、肝腎のヒロインが魅力に乏しい。
どうにも流されているだけの「天然」なお嬢様にしか見えない。あれなら、星野真里を主役にした方が良かったのではないですか? NHKさん。
今週は久しぶりに大きな事件っぽいのが起きるようだけども、それすらも絵空事じみた語られ方しかしないのだろう。

あ。今わかった。

「語り (ナレーション)」 が主人公の心境を、「○○○だと思った」 と言わないといけないような演出しかできないのが最大の欠点なわけだ。
やはり、それなりの素材でしかなかった、と。

それにしても、修行僧なんて美味しい素材があるのに、ろくに活用すらしていやしない。
どうせやるなら、「ファンシィダンス」 (ただし映画版は却下) くらいかっとんでくれたほうが、話も盛り上がるし、数字も取れるかもしれませんよ? NHKさん。
ようやく第2巻を読み終えたわけだけども。

正直なところ、ただの学園ドタバタ劇に終わってしまったか、としか思えない。この界隈的には「妙に期待してはいけない」としか言いようがない。
物語としても、こじんまりとまとまってしまったような印象が強い。大きな破綻や前作のような構成的な稚拙さはないが、同時にもっと掘り下げられるはずのところも軽く流してしまっている。全体の印象は簡単に言えば、アニメの画面を文字に写し取ったものでしかない。
しかし、プロデビューするだけのことはある。アニメの写し取り程度のものなら、そこらのオンライン作家 (特に若い世代) に腐るほどみかけるが、それと比したら突出してる。突出はしているが、しょせんはその程度の代物。

文章としては絶対に参考にしないほうが良い。もっと上手い作家はほかにもたくさんいる。
細かいところでも相変わらずアラが残ってしまっている。
電撃文庫は校正担当が非力なのだろうか? なぜまだ算用数字と漢数字の混用を残してしまうのだろう。縦中横の組みをしてまで算用数字を使っている場所の意図は分からなくもないのだが、ならどうしてほかにも同じ版組が出来る部分を漢数字にしているのだろう。
語り口をセクションごとに特定のキャラの一人称にするという手法は悪くない。ただし、今回は少し浮いている。まず、とあるキャラがかなり興奮している場面があるのだが、そこの語りがすごく落ちついている。明らかに語り手の心情がキャラの実際の会話文と浮いてしまっている。そして浮いてしまってる理由はただ一つしか考えられない。作者が語りに語りたるものを求めてしまったのだろう。残念なことだが、ここはもっと工夫が出来たところだろうと思う。

構成的には無駄なエピソードが幾つか目につく。わざわざ入れる必要があったのだろうかと思ってしまうところだ。
例えば、夜中にはじめの家につばさが夜ばいに来るところとか、深夜の二人のデートとかだ。
作者として書きたかったのだろうというのは想像できるのだが、それをそのままぶち込んでしまうのは如何なものか? もう少しほかの部分を膨らませながら、そこに吸収できるようにしないと、ただすき間埋めの文字数稼ぎとしか読めない。実際、無くてもりっぱに物語が成立してしまうのが先の部分だ。
そして終盤の展開はやはり駆け足過ぎるように思う。そういった点からも、もっと構成に関しては力をつけていって欲しいものと思う。

最後に、次に続くかと受け止められるような記述があるが、今度こそそれは絶対にオススメしない。
次はもっと確実に普通の学園コメディにしかなり得ないのは、この第2巻でも明白だからだ。
それとも、また新しいキャラを持ち込んで、さらに不遇の既存キャラを増やしてしまうのだろうか?

いずれにせよ、正念場は作者にとってかなり早く訪れることになるだろう。それは次作だ。
でも思っていたよりも空気は湿気を含んではいなかった。

むしろ、日陰だと風が体温を奪っていって、なんとなく冷たい感覚がしたりもしてしまう。
なんといっても青空に浮かんでいる青空の種類が違う。
それはもくもくと膨らんでいく入道雲ではなく、高いところにうすく漂う絹雲の類。
それだけでもぎらぎらとした夏のイメージがついてこない。
現代の日本の夏もこんなだったら、どれだけ過ごしやすいことだろうか、などとついつい考えてしまう。
そう、この風があるだけでもかなり違ってきているはず。

そういえば先日、通りかかった公園でひさしぶりに意識して耳にした音があった。
それは風に揺れる葉が擦れ合っておこる音。
公園にある大きく枝振りを広げた木が枝を揺らしながら乾いたざわめきを放っていた。
それは潮騒の音にも似ていて、どこかほっと感じられるもの。
竹林の中でないとなかなか綺麗な響きには出会いないものとばかり思っていたが、そんなことはなかった。

どうやら近頃、そんなことも忘れてしまっていた自分にふと気づいたりしている。
まさかこのまま夏本番を迎えてしまうなんてことはないと思いたい。

なんとピンポイント天気情報だと、今日の最高気温は36度。
華氏で表せば100度!
南からの風は水分も多く含んでいて、いったいどんなことになるのやら。
すでに朝から憂鬱。

せめて原チャリで移動しようとは思うのだけど、こんなときは信号待ちとかで停止してしまうと、とたんに熱気が押し寄せてきてしまうもの。
ああ憂鬱。憂鬱。
以前、都市景観ライトアップをアートと誇っている人物のインタビューを観て、猛烈な反感を覚えたことがある。

なによりもまず、その誇りがなにの上に成り立っているかを本当に理解しているのだろうか?
日本の電力事情を考えた上で、電力を湯水の如く使えると思っている神経を持っているというのだろうか?
そして、「光害」ということをどこまで真剣に考えているのだろうか?

地上に溢れる星のような光景を見て、まずは誰しもが「きれいだ」と思うことはあるだろう。
しかしその光は、本当の星の光を隠してしまっているのだ。
いったい今、どれだけの人が夜空に星座の形を追いかけることができるのだろうか。

それこそ砂上の楼閣のような誇り。
いくら語ろうとも、空しい言葉にしか聞こえてこなかった。

「電気消してスローな時間を」 100万人の消灯運動
http://www.asahi.com/national/update/0621/001.html
原チャリの調子がだんだんと悪くなってきたのでメンテナンスに出すことにした。

ただ、購入した店は、勝手な都合で統合移転のため閉店。
しかたがないので、ネットでメーカー系列の販売店を調べて、そこに行ってみることに。
でも行ってみたら……掲載してる画像よりも店の規模が小さく見えてしまうのはなぜ? とても飛び込みでメンテナンスを頼めるような状況では無さそうで、なにも言わずに通り過ぎてくるしかなかった我が身の上。こんなことなら、ちゃんと下調べをやっておけば良かった。
しかしメンテも必要な事態だけに、さてどうしたことか。仕事場近くの小さなお店、あそこで果たして受けてもらえるものやら。今度、時間があるときに聞いてみるしかない。

せっかく出かけたのに、それだけで帰ってくるのは口惜しかったので、ちょっと遠回りして評判の良いとあるラーメン屋に立ち寄ってきた。
あんまり広くない店内は、幸いなことに空席があって待つことなく座れた。オーダーはつけ麺。本当は一つ上の特製メニューを狙っていたのだけども、本日は終了とのこと。ついでに、売り物の一つでもある太麺も終了。それでも可能なものをオーダー。
待っているとまず出てきたのは小さな鉢に入ったスープ。カウンターの上に置かれただけで、魚の出汁の匂いが強く漂う。容器の内側を見ると、細かな削り節の粉末がびっしりと付いていたりする。それだけ強烈なベースがありながら、続いて出てきた平打ち麺 (それでも中太麺) を入れて口に運ぶとしつこくない。味をまとめているのはどうやら刻んだ唐辛子と、ほのかに漂う柚子の香り。
なかなかに悪くない。スープの中に漂う特製チャーシューとメンマと、海苔だけを具にしていても、飽きることなく食べ終わってしまう。
そんな頃に、見せに来た客が断られていた。どうやらスープが無くなってしまったらしい。そんな深い時間ではなかったのに、なかなかキワドいタイミングで入ることができたようだ。
濃厚になった頃合いに食べられてラッキーだったのか、それとも煮詰まってしまった時に居合わせてしまったのか、真相は別にせよ、次はつけ麺ではなく、ふつうのラーメンをオーダーしてみよう。
今クールの土9、仔犬のワルツは安倍なつみ主演ということだけではなく、野島伸司企画の面でも注目している。

(この先、何気ないネタバレがあるので、未見の方は要注意)

このドラマ、リアリティなんてことは考えてしまってはいけない。
そんなところに目が行ってしまったら、毎回の「試験」の内容にはついていくことができなくなってしまう。
それよりも本人が脚本を書いていないにもかかわらず、あちこちから滲んでくる野島色を感じ取るのが、かなりねじ曲がってはいるけども、楽しみ方の一つだろう。
ドラマは最終回を前にしても、まだ混迷の一途をたどっている。ここに至ってもまだあからさまなミス・リードを誘う断片が散りばめられていて、主要人物がどんどんと殺されているにもかかわらず、ミステリーとしての犯人は明確に断定して視聴者に伝えられない。

それでも、そんな中、思わずニヤリとしてしまう場面があった。
それは、とある犯罪の犯人を追い求めるシーン。監視カメラの記録映像から、直接的にはそこに映っていない人物を探し出そうとする場面。それはまるで映画 「ブレードランナー」 でゾラの姿を探し求めていく作業にも似ていてなんともはや。画像を拡大して生じる不明瞭な部分をクリアにしていく技術にはまだファンタシーな部分があるにせよ、20年も経つと、それはもはや空想の域からかなり引きずり下ろされてしまったものだと思ってしまう。
ただ、そこで追い求めていた姿があるのは、何も映してはいないはずの瞳が映しているもの。この構造にはやはり思わずニヤリとしてしまう。

そこに映し出されたのは本当に犯人なのか? 試験の行方は? 学長の望みは叶うのか? ヒロインの得るものは? まだまだ最終回を迎えないことにはわからないことはたくさん残っている。
えーと、分かる方だけ、笑ってやって下さいまし。

040619.jpg

アニメイト(通販)限定のドラマCDに付属するよしこさん、制服 + ジャージ姿だということで、すかさず予約してしまったなんてことはトップシークレットです。
004と005のリペイントも良い感じだし……(苦笑)。
気温は同じくらいなのに、湿度の違いでがらりと変わって感じてしまう。

空気が乾いていると、青空が広がっていても日差しから逃れるとそんなに汗ばむほどでもない。しかし湿度が高いと、曇っていても空気が肌に張りついてくるような感じがしてしまう。
もう何度同じことを考えただろう。日本の夏が、もっとからりと晴れ渡る気候だったなら、と。

寒いのも苦手だけども、これからの季節はもっと過ごしにくく感じてしまう。
確かに年々、都会の夏は熱くなってきていると思う。風が吹いてもまったく心地よくない。
昔は真夏でも扇風機だけで過ごしていられたというのに。
ドコモからFeliCa対応の携帯電話端末が発表になった。

昨日、オンライン・メディアの速報記事を目にして以来、気にしているのは SO506iC のスペック。
音楽再生機能はあるのはプレス・リリースでもわかるのだけど、問題は動画再生対応しているかと、メモステDuoProに対応しているか。
プレス・リリースの書き方からすると、後者はどうも期待できなさそう。前者は情報無し。この後、たぶんにソニーエリクソンのサイトに製品情報が掲載されるだろうから、そちらを待ったほうがよいのかもしれない。

それでも残る問題の一つは、カラー・バリエーション。ソニーといえば、ビビッドな色遣いのものがここ最近は一つは入っていたのに、今回は落ち着いてしまってるように思える。
自分としては、504i のマットな赤がかなり好きだっただけに、もう一度どこかのおりに復活しないかと期待しているのだが。

それともう一つ、前回の機種変更から10ヶ月を経過していないこと。
これは大問題だ (苦笑)。
実は石川梨華押しなんだけども、ここは敢えて……。

実は全収録曲のうち、最初から4曲のためだけに買ったようなもの。
そう、オリジナル・タンポポによるプロモーション映像、「ラストキス」「MOTTO」「たんぽぽ」「聖なる鐘が鳴り響く夜」。これだけのために!
不遇だったオリジナル・タンポポ。でも佳曲が多く、本人たちも力の入っていたはずの頃。
せめてヒットチャートにしっかりと載っていることがあったなら、その後の動きも大きく変わっていたのかもしれないけども、アルバム 「TANPOPO 1」 はハロプロの中でも珠玉の一枚と言っても良いだろう。

そんなオリジナル・タンポポの映像に今また出会えるこの幸せ! まだ若い飯田圭織、矢口真里。すでにパンチのあるヴォーカルを披露している石黒彩。
アーティスティックな曲を色恋も知らないような少女に歌わせる。このコンセプトはぜったいに間違ってはいなかったはずだと再確認する一時。
化粧が濃くない矢口や、飯田のどきっとする仕草や、石黒の鼻ピアスや、見応えもある一枚。
今月はデビューしたてのビーフカレーが100円引きなのだそうで。

それでさっそく夕食に決定。
カレーはまあ可もなく不可もなく。値段を考えればあんなものでしょう。もとから期待もしていなかったので。松屋が駅の反対側で遠いから、深夜に食べたくなったときに助かるかもしれない。
今回は空腹度がかなり大きかったので、大盛りにはせずに、小うどんのきつねをいっしょにオーダー。なか卯だとこういう組み合わせもできるから助かる。

いつの間にか、いろいろ新メニューが始まってるらしく、サイドメニューでのサラダや、冷や奴もリストに載っていた。季節メニューとして、すだちおろしうどん と 梅とろうどん もあったけれども、今はビーフカレーがキャンペーン中の様子。

それにしても100円引きのせいか、客の回転が速い。そしてカレーを頼む客が多い。近くの吉野家、大丈夫かと思ってしまうくらい。できれば共存共栄してくれるとうれしい。潰れるなら、対して美味しくないラーメン屋が真っ先にいってくれれば、ほんとうにうれしい。

しかし、ケンタッキーも、31アイスクリームも、リンガーハットも、喜多方ラーメン小法師も撤退したことがある街だけに油断はできない。
ここ何日か、ココログの管理画面での反応が重すぎる。

特に22時を過ぎた頃からはひどすぎで、先ほどはついに 「Proxy Error」 が帰ってきてしまう始末。
なんとか書きかけの状態が残っていたので、すべてを書き直さずに記事の投稿はできたものの、残っていなかったら、それはとんでもない事態としかいいようがない。
急激に利用規模が広がってるとはいえ、書きたいときに気軽に書けないようでは、weblogツールとしては魅力が減少してしまう。
ニフティさん、早急になんとかして下さいませ。
夕闇の迫る風景の中を帰宅した。

朝は高いところに薄い雲がかかっていたりとか、遠くに小さな雲の塊がうかんでいたりとか、快晴とはいえないものだった。でも、帰り道はまさに雲一つ無い夕景色が広がっていた。
少しずつゆっくりと明るさを落としていく空に比べて、地上の建物は一足早くシルエットに変わってゆく。
室内の蛍光灯が煌々と灯り、信号機や自動車のテールランプの赤い光は、風景の中に滲んでゆく。
なにもかもがゆっくりと動いていても不思議ではないこの光景はきっと、ビデオカメラではなく、フィルムに焼き付けた方が美しいのだろうな、なんてことを考えてしまったりもする。
ゆっくりと走りながら、少しずつ変わっていく空の状態を確認してみる。そんな帰り道だった。


Yahoo! Japan の検索ボタンがいつの間にか画像に変わっていた。

W3C原理主義者に近いところを標榜して見せている自分としては (ただし自分のサイトデザインではそれを徹底し切れていない)、ちょっとばかり 「なんだかなぁ」 と思ってしまう。まだ、IMGエレメントで ALT属性を設定してあるだけましだけども。

それにしても、検索エンジンのロボットの仕様についてかいてあるページに行き着いたことがある。すなわち、どんなページがロボットから 「無視」 されるか、といったことに書いてあるところだ。
その内容を見ていると、確かに自分でも見たくなくなるような例が並んでいた。確かに、手動でもナビゲートしようとしたときに 「なんじゃこりゃ?」と感じたところにはブックマークを打とうという気にはならないし、最新のPC用ブラウザでないときちんと表示できないようなことをやってるところは、自らその門戸を閉ざしているのだから勝手にやってくれと思ってしまう。
中には、作ってる本人もそういうことを知らない場合もあるのだろうけども、それは正直、無知がいけないと思う。学習して頂くしかない。

話を戻して、Yahoo! ほどになれば、そんなことを気にせずともやっていけると考えているのだろう。未確認だけども、ケータイ用にはそれなりのページデザインをしているのかもしれないし。
でも、ケータイで画像ボタンを持ってこられたら……それこそ、その瞬間に接続を切るだろう。
すべてのユーザーがパケット使い放題なプランに加入しているわけではないのだけどもね。

如何せん。テキストベースでいかにナビゲートしやすい環境とデザインを両立させるか、の方がよっぽどセンスの良さが求められると思う。
それが自分の信条。
ANAの中国路線のCMを見るたびに 「あれ?」 と思ってしまったりする。

なんとなくミスマッチなのが印象的。
それでもまだ、長嶋監督が出てたときは、異邦人つながりというコンセプトがあるような気がしてはいた。たとえ、なぜに、中国で「パリ」? 「アメリカ人」? なんていう疑問があったとはしても。
いや、それでもまだ違和感があるかもしれない。CMで使われてる楽曲の冒頭の部分、あれはパリの大通り、自動車行き交う賑やかな街並みの中にいるアメリカ人の描写なのだから。

どうにも、予備知識があると、いろいろと引っかかってしまう。もっと純粋に音楽だけを楽しまないといけないのだろうか。
そして、後で原曲の意味を知って、それでニヤリとするのが通の姿勢なのかもしれない。
ほんとうは9日の夜にお出迎えしていたのだけども、何かと忙しくて (苦笑)。

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オンラインのショップ系で予約ができなかったので心配してたのだけど、帰り道にダメもとで立ち寄ったところで無事にご対面。そして、いっしょに来ていただいた次第。

やっぱり、こうなると、出てくるセリフは (苦笑)。

( パッケージもなかなかニヤリとさせられる作り。細かなところの捻り方がナイス。)

買ったまま読んでないもの、たくさん……。

重力の虹、膚の下、アド・バード、AffterEffects 5.5の取説、Photoshop CS の取説、C言語入門……。
ほかにもいろいろ……。
どうしようもなく溜まっていってしまう雑誌はなんとか10日遅れくらいにならないように頑張ってはいるものの、それ以外のものはなかなか手が回らない。ハードカヴァーの書籍になったら、一週間以上かかってしまうことだってザラだし。
これはもう、根本的な解決は、「買わない」 以外にはあり得ないのだけども。でも、きっと目についたらまた色々と買ってしまうのだろう。
最近では書籍ですらなかなか再版されることが少なくなってきているからには、見かけたらすかさず買っておくのが後々後悔しないためには必要なことになっている。

って、それで別の意味で後悔しているのは……もう笑い事にしかなりゃしない。
せっかく電車で移動する機会が増えるのだから、たまには活字も読まないと。

神林長平としては珍しい、ヒヨコ舎から発刊された短編集
1980年代に書かれた13の作品は、短編と言うよりはショートショートの風情を色濃く示して見せている。
それでも鋭い感覚と描写の片鱗はじゅうぶんすぎるほどに見て取れ、作者らしい落とし方にも、はっとさせられる。
中には SFマガジンに掲載された 「射性」 のような SF的な切り口を見せながらも鮮やかにクライマックスまで引き込まれてしまう。これは収録作の中では最長のものなのだが、シンプルな様相を思わせながら、実は奥に色々なものを感じさせられてしまう。
その他の作品も手軽なサイズながらも、味わい深い。表題作がなぜそのような字が用いられているかは、読み始めればすぐにわかる。決して事細かに語られているわけではないのに、その世界が垣間見えてくる快感は、その後の長編での力作揃いの片鱗を既に見せ始めていたからなのだろう。

再版されるかは不明な一冊。ファンならば迷わず買うべき。

こんどは、MP3転送用のツールをいじってみたり。

ウェブジンのレビューでは変換に時間がかかるなんてことが書いてあったけれども、SonicStage からの転送でも時間がかかることをイヤと言うほど知ってしまった後では、たいして気にするほどのものでもなかった。
むしろ、その後で SonicStage を起動してグループの登録をしないといけない方が面倒だった。
音は……やっぱり MP3からの再エンコーディングだから、それなりといえばそれなり。でも MDのLP2 やLP4モードの音だってあるわけだから、どこかで妥協するしかないだろう。どうしても音質劣化がイヤなら、リッピングしたWAVEファイルを持ち歩くことになってしまうのだろうし。

それにしても、PCと接続した後にはどうも不安定になる傾向があるようだ。
今回も、転送後にチェックのために音を聞こうとしたらやたらと再生ボリュームが低かった。最初、MP3からの変換に失敗してるのか、なんて思ったのだけども、前に転送しておいたものを聞いてみたらそちらも同じ様な現象だった。
リセットする前に、ためしに電源を入れ直してみたら戻ったけれども、この様子だと他にもまだ何かが出てきそうな気が数。
なにはともあれ、まずはバッテリーの充電から、ということで、昼間の間中クレードルに乗せっぱなしにしておいた。

なにせ、箱から出してすぐは電源が入らなかったから。
この手の二次バッテリー搭載のものとしては珍しく、チャージしていない状態で梱包・出荷しているらしい。
その日の夜はクレードルに乗せたままで転送とかの作業をしていたけども、取説にあるとおり、その状態ではあまり充電効率が良くないらしい。
それと、取説の片隅にちらりとだけ書いてあった 「USBケーブル接続したまま電源落とすのは不可」ってのをどうもやってしまったらしいし。
何度となく、いろいろなことをやってるウチに、画面表示がおかしくなりつつ、オーディオ出力しなくなりつつ、よーく見てるとリセットの穴があったので、恐る恐るCLIE 様に使ってるスタイラスのパーツを差しこみ……それで復帰。
どうも、HDDというよりも、制御回りのファームが不安定な部分があるのかもしれない。

それと、今のところの問題点というか、悩みというか……。
アルバム情報がしっかりと反映されないこと。なぜに曲順が……。
それにシームレスに連続してるトラックの間でもブレイク入るし……(これは仕様みたいな予感)。

もう少し、いろいろと試してみますか。実際に持ち歩いたりして。
ちゃんとボディにロゴも入っているし。

040606.jpg

今年のソニーの新製品はこれまでとは違ったラインナップのものが続出した。
PCもそうだし、MPEGな映像ビュワーもそうだし、そして、こんなものまで。

自分としては、TRシリーズは大きすぎ(SRXって名機だったと思う)だし、新しい U はもう少しだけスペックが上だったなら買っていたかもしれない。せめて解像度とHDD容量。そうしたら、不安定になりつつある C1 MSX から買い換えてしまうだけの魅力はあったのだけども。
MPEGなムービーは当分はケータイでいいし、ATRACに対応していないのはデメリット。
そんなこともあって、なぜだかどうしてだか、HDDなこんなものに目が向いてしまったりした次第。

現在、とりあえず手元のデータを転送中で……。
いやぁ。USBって、遅……。

iPodより大きかろうとかまわない。
MP3よりも、ATRACなデータの方が多いから (^_^;) 。

この時期のエアコンの設定というのはなかなか難しいものなのだろうけども。

特に電車ともなるとなかなか微妙なところ。
なんせ利用者は千差万別だし、センサーの位置は固定だし、乗務員のいる場所がすべての状況を代表しているわけでもないし。
だけど地下鉄から降りたら、ホームの方が空気がひんやりとしていた、というのはどうよ? と思ってしまったりもするわけで。

やっぱり、この時期はあんまり電車に乗っての移動というのはうれしくないことになってしまう。
おまけに雨が降ったりしようものなら、濡れた傘やら服やらで湿気も増えて大変な騒ぎに。
憂鬱な季節へ、とうとう突入。関東平野もついに梅雨入りとは。
MS-DOSな時代から、エー・アイ・ソフトの WXシリーズを使っていたためか、辞書ファイルの内容にはいろいろと手を入れたい指向が残ってしまっている。

使い始めたのはたぶん WX2の頃から。
当時の選択肢は、ATOK、松茸、VJE、とパソコンメーカーお仕着せ以外にも何社のうちから選ぶことができた。
そこでWXを選択したのは、ワープロとは独立した日本語FEPであり、後発ゆえに先発の入力スタイルを踏襲した設定が可能だったり、細かなカスタマイズができるのが魅力的だったからだ。
WX3のあたりから、Windows用の入力メソッド、IMEとしても利用できるようになり、やがてWindows専用のシリーズとしてWXGが立ち上がった。
そこでは入力のためのキーカスタマイズのみならず、辞書での品詞設定、複合語などの細かな設定のためのツールも用意され、ニフティのフォーラム (後にステーション) での積極的なサポートもあって、強者ユーザーたちによるカスタマイズされた辞書の作成や、単語登録のノウハウが積み重ねられていった。
そこでの感覚に慣れてしまったためか、日本語変換の辞書は、かなり手を入れて使いたいと思うのが自分の中ではデフォルトになってしまっている。

そんなWXも、WXG ver.4 以降は新バージョンが発表されず、サポートも事実上止まったままだ。実際には、MS-IMEに技術統合されていたりするのだが、そこはマイクロソフトの妙な手が入っていて、MS-IMEは自分としては使いづらい物でしかない。
かといって現状ではサードパーティのものを選択するとしても、ATOKしか存在しなかったりする。
それで仕方なく、ATOKに過去のカスタマイズした単語のデータを移植して使い続けていたりする。

こんな現状で怖いのは、ATOKによって変換できない言葉は、日本語として存在しないことになってしわないとは断言できないことだ。
実際に試してみると分かることだが、変換候補に登場する単語はかなり統制されている。
気をつけないと怖い。指向の具現化に直結しているツールだけに、それが恣意的に編纂されていることに留意していないと、最終的には思考そのものが統制されてしまう可能性だってあるわけだ。

これってパラノイア的な指向? いや、「1984」でも「未来世紀ブラジル」でも警告されているように、情報を統制した物は世界を統べる可能性だってあるわけだ。なにせ、存在しない言葉が作られるということは、その言葉が指し示している内容が忘れ去られることにだってなりかねないからだ。
だから気をつけなくてはいけない。
というわけでもないが、昨日は帰り着いたら上がって程無い月が大きく澄んで見えた。

あわてて荷物を置いて、カメラを手に屋上へ。
でも錯視というのは巧妙なもので、周りの比較物が無くなると急にいつもと同じ大きさに見えてしまったりもする。
それでも薄い雲がかかる中に輝く満月が魅惑的すぎて、ついついビデオカメラを回してしまった。ほんとうは洗濯をするために早く帰ったというのに。
その間、屋上に置いてある台に座ってぼんやりと周囲の景色に目と耳を向ける。
都心の上空はひっきりなしに点滅する光が飛び交っている。きっとテロを警戒して飛んでいる警視庁などのヘリとかなのだろう。
家々の明かりがつながる向こうには高層ビルや放送塔の照明も並んでいる。
なんとなくいろいろなことを思いうかべてしまう一時だった。

さて、洗濯をいったいいつやれば良いのやら……。
今やらなくてはいけないものも終わっていないというのに、次にやるべきものの準備をしたりもしている。

まあ、作中でとある楽曲をの断片をモチーフとして利用しようとイメージを膨らませたりしているだけだけども。
実はそういうことは前々から何度となくやってるけれども、今回はちょっとばかりメインのところからはずれたところで一つそれをやってみようかと思ってみたりしている。
メインではないのだけど、存在感を独自のものにするために少しばかりイメージの異化を目論んでみたり。はたしてどうなることやら。

まあ、その前に、やらなくてはいけないものにも、とっととケリをつけないといけないのだけど (苦笑)。
またしても匂いな話。

少し遅めの時間、朝のラッシュも終わった頃に仕事場へ向かって走っていると、とある駅を過ぎたあたりで美味しそうな匂いと遭遇する。

それは中華なスープの香り。いや、きっとあれは濃厚な醤油味のラーメーン・スープを仕込んでいる香り。
匂いだけで分かるくらい、ぎゅっと濃縮させられたスープに、しっかりとしたメンが入ったラーメン。想像しただけで腹の虫が鳴きそうなくらい美味しそうだ。
だけども、朝にはまだその店は開店していない。なんといっても、まだ仕込んでいる最中。
帰りは道路の反対側になってしまう上に、駅が近くて駐輪できる場所がない。
そんなことで、未だ食せず。おいしさは想像の中だけに。

そして、それとは別のところで、明らかに蕎麦屋が「かえし」 を仕込んでいると思しき香りが漂うところもあるのだけども、こちらはいまだに店の姿が見えてこない……。
言わずとしれた、辻希美と加護亜依のユニットによるファースト・アルバム

先行シングルの「恋のバカンス」 も入っているのだけど、正直、シングルカットする曲を間違えたんではないかとも思う。
じゃあ、何に? うーん。例えば 「大阪ラプソディー」 とか。

まあ、冗談はともかくとして。たぶんユニットのコンセプト、双子というキーワードを考えれば、ザ・ピーナッツの曲をシングルカットしたのも順当な選択というところだろう。実際には、双子でないのに双子でないというコンセプトらしいが。

閑話休題。

実はこのアルバム、けっこう二人の声には驚かされるものが多い。なにぶんにも、娘。本体やミニモニ。での歌い方とは違ったものがいくつも見かけられるから。
ピンクレディの名曲 「サウスポー」 なんて、力強さは最近の娘。本体では考えられなかったものだ。ほとんどがユニゾンなのだが、それを上回るパワーをもった歌声が聞こえてくる。
昭和な歌謡曲をかなり意識しているアルバムの選曲、アレンジもチープなテクノポップを彷彿させるものがあったりして、思わずニヤリとしてしまう。( ただし、今、この文章書きながら聞いているのは 「電撃的東京」 だというのはトップシークレット)

他にもコーラスワークをしっかりと聞かせてくれる曲があったり、初期メン・初期タンポポに惹かれた口としては見逃してはいられない。ただ、もうその路線に娘。本体が戻ることは多分にないだろう。

そうすると、やはり、この二人に期待するのが妥当なのだろうか。

 ( ‘д‘) vv (´` )  だーぶりゅゆーでーす♪

多くの人が知っている遊びだと思うのだけども。

オニが唱える「だるまさんがころんだ」 これは数を十数えるのと同じことだという話を聞いた記憶がある。
関西で言う 「ぼんさんがへをこいた」 と同じものだろうか。

ただ、自分の記憶の中ではこのオニが唱える言葉、もっと長いものだった。

だるまさんが転んだ

インド人の黒ん坊

槍持ってとんでった

あか しろ きいろ


長い。とにかく長い。
だからオニは必死になって早口言葉のように唱える。でも節回しはちゃんとペンタトニックのスケールに乗って。
早く読み上げるから、 「だるまさんがころんだ」 とゆっくりめに唱えるのと同じくらいの時間で終わるので、それでもきちんと遊びとしてのゲームは成立していた。
大人数で少し広い場所でやっていると、かなり盛り上がったりもした。

さて。
この長い詠唱、気が付いたらそれでやっていたのだけども、やはり地域的なものなのだろうか。
はじめは誰かから教えてもらったのだろうから、それなりに伝わってきているのだろうと思うのだが。
真相はどうなのだろう。
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