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自動リンクでいったいどんな商品がピックアップされるのか実験も兼ねて置いてみました。 はたしてこのブログはamazon的には……。



載せてみたりする。

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書店で、そういえば発売日が過ぎてたよなぁ、と手にとって開いてみた。

創刊号から知っているのだけども、今月号は薄っぺらにしか見えなかった。平綴じでCDまで付いているらしいのに。
こんなので買いたいと思う人がいるのだろうか? それだけ厚みも内容も無かった。
サウンド&レコーディング・マガジンのように、広告ばかりになってしまうのもどうかとは思うが、それでも専門誌の広告だけにそれなりの意味はある。それに引き替え、中身を感じられなかったキーボード・マガジンはいったいどうなってしまうのだろう?

リットー・ミュージック、だいじょうぶなのだろうか。

初めて見たのは、「8時だよ 全員集合!」でチャクラのデビュー・シングルを歌っている姿だった。

チャクラの最初のシングル「福の種」は、なぜか知っていた。
これも多分、JOLFの「日立ミュージック・イン・ハイフォニック」だったのではないかと思う。
それでも、矢野誠プロデュースのファースト・アルバムと、細野晴臣協力のセカンド・アルバムは当時は買わなかった。その後、CDで買い求めたセカンド・アルバム「さてこそ」はその出来の凄さに驚かされたりした (当時の、サンディ&サンセッツのアルバム「ヒート・スケール」に肩を並べるくらいのパワーを持っていた)。

サード・アルバムはLP盤をリアルタイムで買っていた。一枚ごとにメンバーがだいぶ入れ替わったりしていて、キリングタイムはにわとクロスオーバーするメンバーも多くなっていたところから生まれるサウンドには度肝を抜かれた。
アルバム冒頭、和太鼓ドラムスを操る仙波清彦がたたき出すリズムは8ビートでも16ビートでもなく、いわば一拍子。四拍を刻んでいるようでも、小川美潮のボーカルの妙なハネ具合と重なると頭の一つだけにアクセントがあるように感じられてしまう。自在に動き回るリズム。

一方で独特のハリとノビがある小川美潮の声はこのころから実は存在感を増していた。活動もチャクラだけにとどまらず、キリングタイムはにわとどんどんクロスオーバーしていく。メジャーな活動は80年代には、ソロでミニ・アルバムを一枚出しただけに終わるが、90年代に入るとエピック・ソニーから三枚のアルバムを出す。
確実に深みを増したボーカルは、至高の作品を作り上げている。その声は知らないうちに身近なところにも染み渡っていて、いつの間にかサンクスやミニストップのCIジングルで耳にするようにもなっていた。でも、それだけの力を持っていることも間違いない。

エピックでの二枚目発売の時だったろうか、当時、池袋西武本体とは別の建物にあったWAVEの一角でプロモーションのためにミニ・ライブが行われた。ゴンチチがバックでサポートしての数曲ほどの披露だったが、その中にあった「ワン・ノート・ルンバ」は忘れられない。文字通り一つのノート(音程)でのメロディをさらりと歌い上げてしまう姿に魅惑されてしまった。だいたい同じ頃のはにわ隊でのライブ、渋谷クラブ・クアトロで歌われた、キリングタイム風「ブンガワン・ソロ」も忘れることが出来ない。
自分の中では小川美潮は現代の歌姫の位置についている。

その後も、ライブハウスで活動を続けているらしい。最近の歌声はあまり耳にしたことがない。
今はどんな世界を歌い上げているのだろうか。
イベントがあったのはわかりますけど、あれではあまりにも短すぎです。(T_T)
たとえば、こんなキャラクターは如何だろうか?

彼女には複数の意識が備わっている。
彼女の脳は移植されたものである。
彼女自身の脳はデータスキャンされ、メモリーとして彼女の中にある。
彼女は自らの意思によって施術された。
彼女の両耳はインプラントである。
彼女に施術の際に用いられたナノテク数々は、その全てを掌握しているものはごく僅かだ。
彼女の過去はかなりの部分が記録から抹消されている。
彼女の身分は軍によって保護されている。
彼女の存在は機密事項に属している。

さすがに断片的すぎますか。
ちなみにこれ、「準備中」と言っている新シリーズとは別物のキャラクターだったりします。

多少手間取ったものの、ようやく読み終わった。

たぶん少なくても二度目の再読
最初に読んだのは、高校一年か、二年の頃。当時入り浸っていた生徒会室で兄の本棚で見つけたハードカバーを読んでいたら、役員の先輩から 「イヤらしいな」 と言われたのを憶えている。
確かに性的なモチーフや描写があるのだが、それ以上に、「書くこと」と「読むこと」について意識しろと、のど元にナイフを突きつけられたような感覚を覚えてしまう。
その理由の一つには、作品のスタイルにある。読者の目に触れるのは、ある人物の行動を録音した盗聴テープの内容をノートに書き起こす男の記録だ。これだけで作品の構造はかなり複雑になる。
男が聞いた録音の内容。そこにはある種のフィルタがどうしてもかけられたものになる。その上、録音テープは編集されていて、時系列通りに事件が起こるわけでもない。記録しながらも、男の考えやそちらの時間の出来事も挿入される。読む方は様々な断片を再構築して、全体を見渡そうとすることになるのだが、そこで浮かんでくる光景はかなりとんでもないものになる。
そして最後の場面は、文庫版での解説でも触れられているように、ノートに記録できない状況になっているにもかかわらず、記録されているような体裁になっている。しかしそんな、一見矛盾に思える構造すらをはるかに凌ぐ作品世界が目の前に広がっているのにも気づくことになる。
中で扱われるテクノロジーは、いささか過去のものになってしまっているように思えなくもないが、扱っている状況はまだまだ現代でも強烈な鏡となっているように思える。

そんな入り組んだ構造になっているのとも関係あるのかもしれないが、作中での描写の密度にも注意してみると、なかなか面白い。けっこう丹念に描かれるものの一つに、街とシームレスに一体化している病院の光景があるのだが、いっけん何ともない情景が積み重なっていってできるものの姿には、かなり練り込まれた手法を感じさせる。
この後、作品はもっと突拍子もない状況を半ばコミカルに描く『箱舟さくら丸』に至るのだけども、それもそのうちにまた読み返してみたいと思う。
2004年1月25日、横浜アリーナは白色のサイリウムの光に埋めつくされた、らしい。

この日はハロプロ・コンサート・ツアーの最終日。そして、安倍なつみがモーニング娘。を卒業する日。
紺野が風邪で欠席したとか、矢口が体調が万全でないままに頑張ったとか、辻や加護がダウンしたとか、いろいろ伝わってきてはいるが、ファン側でなにかやるのかな、と思っていたら、どうやら祝福のための企画は立てられていたらしい。

そもそもの始まりは、二代目タンポポのラスト・コンサートで、「会場を蒲公英色に染め上げよう」という声からだった。
コミック 「娘。物語」 にも取り上げられたこのエピソードは、決してそんな美談だけに終わるものではない。
理不尽ともいえる事務所による構造改革に対する抗議の色合いが少なくてもそこにはあった。それ以降はもう見られなくなってしまうタンポポへの感謝と追悼と、そして意味不明なユニット編成を強行した事務所への抗議。これらによって盛り上がった「運動」だったのだろうと思う。
その成果は、セル・パッケージになったライブDVDで垣間見ることができる。照明が落ちて、黄色のサイリウムに埋めつくされた客席。そしてステージに登場し、その光景を目にした飯田圭織の「タンポポがいっぱいだよ」の一言。これだけでも、俗に言う「タンポポ祭り」は成功したというものだろう。

しかし、その光景と臨場感は実際にその場で体験しないと、ぜったいに分からないだろう。

赤い色に染まったのは、さいたまスーパーアリーナ。保田圭の卒業を、彼女の好きな赤い色で祝福しようという声がネットの中で盛り上がった。
タイミングは最後のアンコール。ピンクではなく、赤のサイリウムで、という注意もあった。でも、実際に目にするまでは、本当に実現できるかどうか、自分でも半信半疑だった。
その時、自分はバック・ステージの中段くらいにいた。メンバーがいったん楽屋に戻り、ステージの照明は暗く落とされている。そんな中、見下ろすアリーナの席に光る灯りの色が少しずつ赤く変わっていくのに気づいて驚かされた。あわてて自分も懐から用意していた赤色のサイリウムを取り出し、発光させる。そうしているうちにも、客席にはどんどんと赤い光が広がっていく。近くにいた誰かが、事情を知らなかったのか「うわぁ……」と口にしていたが、ほんとうにこの光景だけは実際に体験してみないと分からないだろうと思う。

最後のステージに合わせたちょっとしたイベント。こうしていつの間にか定例化していくのだろうか?

白は安倍なつみの出身地、北海道の雪のイメージだとか。
三度目にもなると、スポーツ紙の記事にもそこまで書かれるようになってきたようだ。
でも、そもそもの始まりにあった抗議の声。決して祝福だけではなかった由来、これは誰かしらが伝えていって欲しいものだと願っている。

ついに、月刊LaLaでの「目隠しの国」が最終回を迎えた。

前回の引きで重大な事態を作り出しての最終回。
物語は、ある意味で予想通りのところに着地するのだけども、その光景は作者さんがかなり練り込んだのではないかと思う。
同じ光景は、きっとアニメや映画でも表現できるだろうけども、きっと演出する側が陥りやすい安直な手法が大きく口を開いて待ちかまえている。下手をすると 「あ。やっちゃったよ」 という安っぽい仕上がりになりかねない。
しかしそんな光景を、作者さんは実にコミックという媒体を考え抜いた切り取り方で、しっかりと見せてくれる。
ここまでに至る盛り上がりに関わったキャラクターたちの思いも絡めて、華麗に、それでも確実に、文字通り 「着地」 したシーン。気持ちも晴れていく瞬間。

もし、目隠しの国があるとしたら、「見える」 ということを分かってもらえるだろう?

シリーズ冒頭で提示された問いが、もう一度、最後に示される。
「見える」ことを忌避する人の存在もそれとなく見せながらも、能力者たちが日常を過ごすことが出来る場所があることが描かれるラストシーン。
過去が「見える」少年が、校庭の片隅に作り続けてきた菜園に繁る野菜たちの姿が、長い時間の中で育んできたもの成果を代弁しているのかもしれない。
某所ではオフ会ばかりやっていると言われるところの新年会が夜にあった。

昼間の仕事がちゃんと終わってくれるか心配だったけれども、かなり騒いで回った効果があったのか、なんとか時間よりも少し早く終わらせて、待ち合わせの場所に向かうことが出来た。
今回の参加者は8人。東京・神奈川在住メンバーが、上京する人を迎える形に。山形の地酒と郷土料理の店で、じっくりと日本酒を味わうこととなった。

オフ会ならではの話題の盛り上がりもあったのだけども、さすがになんども顔を合わせている面々の過熱ぶりは凄まじく、他の人々がついて来れたか少し心配 (^_^;) 。楽しんでもらえたのなら、なによりだけども。

この界隈でも、独自の存在になりつつある「本だな」の一角だけども、これからどんな盛り上がりを続けるのか、楽しみだ。
地下鉄の駅に向かう途中で信号待ちをしていたら、自転車に乗った婦人に道を尋ねられた。

いわく、「○○大学はどちらでしょう」と。
とっさに、頭の中に浮かんだ道筋を説明してしまったのだけども、その後で歩きながら考えると、少し紛らわしい説明だったかもしれない。でも逆にそれだけ冗長度が高い説明だったので、多少違う道に入ったとしてもそれなりに目的地にも行けるだろうと、自分を納得させる。

尋ねられた大学は、一応はバス通りに正門が面している大きなものなので、地元や近所の人間なら誰でも知っているだろう。
それにしても、かの婦人は自転車に乗って、詳しく知らないところまで朝から何をしに来ていたのだろう?
時節柄、子どもか知り合いが受験することになるので、下見にでも来ていたのだろうか?
それとも願書の提出? これはたいがいは郵送での受け付けだと思ったのだけども。
まさか一般の人が学生食堂に食べに行こうとわざわざやってくるようなことはあるまい。

どうやら、突拍子もない発想を導き出すには向いていない題材だったようだ。


小川麻琴が、いよいよもって横に成長されてるのだけど、大丈夫なのだろうか?

一時期の安倍なつみもひどかったけど、ちゃんと落ち着けるのだろうか?
別に押しメンでないから、どうでもいいといえば、いいのだけど……

昨夜は頭痛に悩まされていた。

ずっと昔から頭痛は持病と言っていいくらいつき合ってきている。
頭痛といっても、偏頭痛に近い形で、目の奥が痛む感覚になる場合が多い。
昨夜も左目の裏側がズキズキと痛みっぱなしでどうしようもなくなった。横になっていてもおさまるわけでもなく、こうなってくるといつも頼りにしているアスピリンもたいして効かなくなってしまう。
とりあえずは早めに休むことにして、無理矢理眠りに落ちても、夜中に目が覚めるとまだ痛む。なんとか朝にはひどい痛みは無くなっていたが、それでも痛みの残骸みたいなものが目の奥にまだ残っている感じがする。
原因はいろいろとあるのだろうが、これも根本的に解決することは無いだろうと思っている。たぶん医者に行っても同じこと。自律神経がいっているのと同じくらいに根が深いのかもしれない。

幾つかのメールマガジンの購読を停止した。

メールとして読まずにウェブで直接斜め読みするようになってしまうと、やたらと未読の元になるのは鬱陶しい。思い切っていくつかばっさりと購入を停止した。
停止していて……意外とメアドやパスワードの扱いがバラバラになっていたのに気づいた。こうして、どんんどんと忘れていってるのだなと痛感する。
メール受信がPOPだけだと、どうしても集中的に管理するPCは一台に絞って、そこのメーラーで最終的に全てを落とし込むようにしないとどうしようもない。あちこちの端末からメールサーバーにアクセスできるようなシステムがなぜにこうもゆっくりとしか広がらないのか不思議ではある。

まあ、急ぎの用件はいざとなればケータイのメールとか、ケータイで直電とかですましてしまうのだけども。


なんとなく、妙に食べたくなったとき、そば屋やうどん屋のカレーではなく。

で、お世話になるお手軽ファーストフード感覚というと、幾つかあるのだけど、だんだんと行くところは固定化されていっている。

カレーの王様
S&Bの系列。最大のネックは、活動範囲に店がないこと。

Pot & Pot
吉野家の系列。何度かメニュー変更というか、ルーの変更をした結果、刻んだパイナップルとコンデンスミルクの入った甘口が選べなくなってしまったのは残念。それと、仕事場の近くの店が閉店してしまったのも残念。
野菜カレーが揚げ野菜なのもちょっと残念といえば残念だけども、まぁ許容範囲かも。

CoCo壱番屋
メニューやトッピングの豊富さは良いのだけど、ちょっとルーが口に合わない。塩気がキツいような気がする。後、地元の近くにないし (^_^;) 。

C&C
京王食堂系列。なんだかんだ言って、立ち寄ることが多い。温野菜カレーだと、レンジで温めてるとはいえちゃんと出てくるし。厚切りロースカツもまあ悪くはないし。なにせ薬味のラッキョウが取り放題だし (^_^;) 。

後は地元で一軒、気にはなってるのだけど入っていない専門店があり……。いつかそこも探検してみないと。

先日、オンラインでアップグレード・パッケージの注文をして安心していたら、昨日DMがはがきで届いた。

オンラインショップのデータベースとの同期が間に合わなくて、余計な経費をかけてしまったんだね……ということはさておき。

長年愛用していた WXシリーズが実質的に開発停止した今、それなのに MS-IMEがたいして役に立たない以上、確実にアップデートし続けてる IMEとなると、選択肢は ATOKしかないのが現実。
変換の確かさも必要なのだけど、それと最新のOSへの対応や、辞書のアップデートとかを考えると、IMEじたいの更新を停止してしまった製品は死んだも同然と思える。
そんな競争がないような状況で、思考を具現化するツールのフロントエンドを、特定の企業にすべて預けてしまうのは危険も感じはするが、MS-IMEが使い物にならない以上、しかたがない。自衛は、自ら単語登録することで回避するしかない。

せめて、もう少し、他のメーカーが頑張り続けられなかったのだろうか。
DOSの時代を考えれば、VJEとか、松茸とか、まだまだ選択肢はあったというのに……。

「まずい、風邪ひいたかも」と感じてから、ここまで戻るのに一月以上もかかるとは。

なんせ、喘息という持病があるだけにタチが悪い。
体調を崩して以来、派手な発作は無かったといえば無かったのだけども、ピークフローの値ががくがくさがっていって、なかなか戻ってこないのには参ってしまった。
落ち着いている状態ですら、理想的な標準値と比べると7割程度の数値しか出ていないのが、さらに2割以上も落ち込んでしまうのだから、見ていてもあまり気分の良いものではない。
実際の話、体を動かすとすぐに息が上がるとか、それどころか体を動かしても鈍い動きしかできなかったりもした。
とりあえず今は、普通の冬に、多少風邪っぽいかという程度までにはなっているし、そこそこ動いても平気なほどにまで回復している。
この持病、なかなかつき合うのも大変だなというのを実感してしまった。

今日は、石川梨華さんの19回目の誕生日です。明日は矢口真里さんの21回目の誕生日です。

ヒューヒュー★・∴・\(^^\) (/^^)/・∴・☆ドンドン

昨日のJOLFでの話だと、ハロプロコンサート、名古屋での三回公演の最終ので、皆から「ハッピー・バースデー」を歌って祝ってもらったのだとか。
予定されていた安倍なつみの卒業のツアーだけでなく、いきなり辻・加護の卒業が発表されたりした激動の流れの中でだろうけど、そんな一時があったのは良かったことなんだろうと思う。
勝手に思いこんでいるだけだろうけど、そう思う。

「おいらは双子の……男の子と女の子がいい。できればハーフで。でも旦那様は日本人がいい」
矢口さん……それって、無理です。

いろいろあるんだろうけど、元気に頑張ってますね。見習わないと……。

映画「Matrix」でそう語るモーフィアス。

モーフィアスを演じる、ローレンス・フィッシュバーンから目を離せない。
正直いって、キアヌ・リーブスよりもゾクッとくる。
自信に満ちてMatrixを語る姿がいい。エージェントたちに攻められ、消耗しきった姿もいい。
ザイオンの大群衆を前に檄を飛ばす姿がいい。オラクルの言葉を妄信しながらも、救世主の言動に疑いを晴らしきれない苦悩を見せてしまうところもいい。
そして 「いるのなら、手伝いに来い!」 と、たぶん少しばかり本心を隠しながらも叫ぶ姿がいい。

これって、ベタ褒め?
先日、深夜放送の映画で彼を目にした。やはり、気になってしまう。
そんな今も、地上波の深夜映画で主演している。このまま終わるまで見てしまいそうで怖い。

さきほど、地元の なか卯 の前も貼り紙が。

なか卯では、牛丼 (全種類)・牛皿・肉うどんの販売をやめて、代わりに豚肉の丼を始めるのだとか。
メニューとしてみると、吉野家よりも対象品目が多いのだけど、なか卯の場合は親子丼やうどんメニューもあるので、かえってさっぱりとやめてしまった方が良いのかもしれない。

ただそれでも、うどんと一緒に牛丼 (ミニ) がオーダーできなくなるのは少し寂しい。
なんといっても、あの箸でさくっと崩れる牛バラ肉がいい具合だったというのに……。

一方の吉野家では、店の前に「カレー丼」の上りが大きく出ていた。
400円。微妙な価格。試してみた方が良いのかどうか……。

昨日からさんざん天気予報ではそう言ってるけど。

東京の日常の中では雪が振る、それも積もるなんていう光景はそうそうなくなってきているから、本当に降るのだったらカメラを持って出かけようかなどと考えたりして (苦笑)。
吹雪くなんて光景になったら、それこそ本気で出かけてしまいそう。

これでは単なる野次馬根性?

今週は空き時間を見て、少しずつ自作に手を付けている。

そういえば前に、リアル系とゲーム系の派閥についていつか書くとか言ったけどもまだ手を付けてない。
ちょうどTSちゃんねるでそんなような話が出てはいるけども、中に入るつもりはない。
過去の経緯なんか今さらどうだって良いことだし、リアル系とは求めるものが異なってるのに、一緒にやれるとは思っていない。
2ちゃんねるの強制スレでも、エロ云々なんていう話が出ているけども、こちらも中に入るつもりはない。
TSFにエロ要素は関連あるとは思うが、それが至上だとは思わない。ネタだけを詰め込んで、それらしく並べてみましたという物語もどきは、どんな分野にしろ読む気にはならない。

さて、それはともかく、少しずつ書いている。

一月半も放置しておいたので、どうなるものかと、はじめは心配していたものの、けっこうキャラが動いてくれている。というか、いつものように語り始めたらなかなか止まってくれない (苦笑)。
ひとまず、主立った断片は以前に書き出してあったので、今は冒頭からその間を埋めていっている。
自分としては早く今の部分を終わらせて、次の方に手を付けたい気持ちが強いのだけども、一つずつ片づけてゆくことにしよう。

ついこの間、昼間に半月を見ていたなと思っていた。

それが帰りがけ、もう日付が変わった頃合いに半月が上がり始めているのを目にするようになる。
いつの間にか、満月の日は過ぎ去っていた。

都会の空は明るい。星座は大まかな形しか示していない。
何を競ってそんなに明るくしないといけないのだろう。
その明るさは何によって保たれているかを、どれだけの人がきちんと理解しているのだろう。

文化は浪費。

年末年始はほとんど寝込んでいたので、それなりにテレビ番組を観てはいた。

世界の自然の豊かさを観ていると、この環境を守らなくてはいけないんだと思う。
今のように、哺乳類が繁栄していられるのは、この間氷期の間だけだという説もある。しかし、それでも、今の生命の多彩さは無駄に消してしまってはいけないと思う。

そしてその多彩さを無くして行っている最大の原因は人間の営みだと思う。
自然から生まれた人類は、今や自然の破滅者として君臨している。

以前、こんなことを考えたことがある。
「緑のためのテロリズム」
増えすぎた人類と文明を、なるべくクリーンな方法で粛正していく。合い言葉は「ガイアのために」。

今の人類は未来のために何を残しているのだろう?
腐敗しない有機化合物。
地中、海中に残存し続ける有毒物質。
半減期の長い放射性物質。
大量の二酸化炭素。

こんな繁栄が、ガイアにとってどんな意味があるのだろう?
仕事場に向かって歩きながらふと周囲の建物を見上げると、けっこうPHSの高出力アンテナがついてることに気づいた。

これってひょっとしたら自分のせい?
いやー。確かにね、仕事場でずーっとエアエッヂを繋ぎっぱなしにしてたりするもんで (苦笑)。
ああ、でも、出入りしてる他の人間でもエアエッヂ使ってるし、別の建物に入ってる会社にしても、その手のものを使いそうなところがあるし、これは総合的な結果というものでしょう。きっと。
確かにエアエッヂの仕組みからすると、特に128kオプションを使うユーザーにとっては複数のアンテナが使える方が良いわけで。そうすると、もう2,3本アンテナが欲しいような気もするのだけども、これは贅沢?

昨夜、とある人と話していてこんな発言になった。

「2003年のテレビドラマ、ほとんど印象に残っていない」、と。

今、思い返してみると、前クールの 「トリック」 とか、「ウォーターボーイズ」 はちゃんとチェックしていたなぁ、というのはあるものの、そんな程度。
どうにも、テレビ情報誌を眺めていても、見たいと思うようなのが減ってきてしまっている。少し前まではなるべく初回は見て判断するようにしていたのだけども、そんなことすらやろうという気がしなくなってしまっている。
けっきょく、面白いモノが減ってきてるのかもしれないし、自分が時代についていけなくなってるのかもしれない。でも、単なる消費物としてドラマが扱われてる姿は、やっぱり悲しい。

なんてことを言いながら、今クールは 「ミニモニ。で ブレーメンの音楽隊」 をチェックしたりしてるわけで (笑)。

まあ、いるわけですよ。

中でも絵に描いたような典型的な反応をする人なんか、どうしたら良いのやら。まあ、その分、相手の出方は予想しやすいといえばしやすいのだけど。
ふだんは生暖かく見まもっていれば良いのだけども、そんな人物と仕事で関係しないといけなくなると、かなり困りもの。逃げようもないし、なにより仕事していても面白くない。
願わくば、そういった手合いとは一緒になりたくないものだ。とにかく、そう祈っておきますか。

そりゃぁ、今ならなんといっても特盛りの販売休止とか、カレー丼の前倒し販売とかだろうけども、そうではなくて。

いや、あったんですよ。確かにあったんですよ。少し前まで、地元の吉野家には食券の販売機が。
LCDタッチパネルで選択するもので、音声ガイドが流れたりするのだったけれども、店内で食事をしていると年配の人は操作に手間取っていたりもした。

個人的には券売機のシステムはオーダーミスや漏れがなくなるので、歓迎だった。だから他の店舗にも順次導入されるんだろうと期待していた。ええ、期待していたんですよ。いろんな店の前を通るたびに、「ここは、どうかな? まだかな?」と。

しかし、ほんの少し前。地元の店に立ち寄ったら、いつの間にか券売機は撤去されていた次第で。2機あったものが両方とも。
なんだったのでしょうね? テスト運用? それで撤去されたと言うことは……評価が低かったのですね。
基本的には学生の多い街だから、受け入れられないことはないだろうけども、一方で朝から牛皿を脇にお酒を一人で飲んでる小父さんとかいるようなところだから (苦笑)。

先日、あんなことを書いておきながら……。

昨日の帰りのJR山手線。ちょっと離れたところに座ってる20台の女性の手には、J-SH53が。
それも色まで同じもの。
ベージュを選ばなかったんだねぇ、などと横目でちらりと眺めながら思ったのでした。

しまった。
これだけでネタが終わってしまうとは。

山手線は車両、というか編成によってはドアの上に情報表示ディスプレイがあって、あまり混んでいないときにはついつい見てしまったりする。
今のところ、そこでしか目にしていないのだけども、JR東日本のスキー企画のCMがちょっと気になっている。
ダチョウが板をはいて斜面を滑り降りる。画質のせいで実写なのか合成なのか判断できないけども、なかなか凄い。実写だとしたら、ほんとうに凄い。

……って、JR東日本のサイトを見たら……。
合成ですか。そうですか。

 (´・ω・`)

IT media mobile での、SO505is の記事を読んでいて 「変だぞ」 と思ったので、メールしてしまった。

とりあえずは、こんな内容で。

とか言われても、まったく実感がないわけで。

まあ今日は変えるつもりで作業しとりますが。
外は晴れてますか? 空気は冷たいですか?
現実感って、いったいなんなんでしょ。

ふと思ったのだけど、人間、自分で体験していないことって夢に見ることが出来るんだろうか?
でも、遺伝子の記憶というものもあるようだし、どこまでが本当に自分の体験としての記憶なのだろう?
記憶、それじたいがうつろい、そして淡く消えていくものだというのに。

年度末に集中するというのが定説のようだけども。

仕事場の近所でなにかと道路を掘り返したりしてるのだけども、はっきりいって区の発注してる業者、再舗装が下手くそだ。
道路の真ん中を掘り返した後なんて、でこぼこでこぼこしている上に、確実に周囲から盛り上がってる。四輪でもそれなりにガタガタするのだろうけども、二輪からしてみたら、とんでもない悪路だ。どう見たところで仮舗装のレベル。ところがそれで工事終了らしい。
どうしようもない業者だと思ってみていたら、別のところで側溝を掘り返して改修したらしい後が、これまたアスファルトがこんもりとしている。ひょっとして同じ業者?
にしても。できあがりの実地査察とかやってないのだろうか? 素人目にもひどい仕上がりだというのに、それを放置しておくのは区にとってもマイナス・イメージにしかならないだけだとおもうのだが。

お役所様としては、どう思われてるのでしょうね?

昨年販売された、P505iがベースになった限定モデル

昨日の帰り道、地下鉄の中で反対側のシートに座った若いサラリーマンが上着の内ポケットから取り出したのは、まさにそれだった。
背面サブディスプレイのフレームに並んだ黒い線は見間違えようがない。虎の顔の部分が両手の指が邪魔で見えなくても、そんなデザインは他にはない。
一般のユーザーが買うことはないだろうから、ある意味レアな端末のはずだが (正直、Pな50xシリーズや、25xシリーズはありふれてしまっていると思う) 、目の前で使っているような光景に遭遇できるとは思っていなかった。
使っていた彼は熱心なファンなんだろう。たいしたものだ。

それにしても、自分の使っているケータイと同じモデルというのは、意外と見かけないような気がする。
そんなに、ふつうに人々が使いたがるところから外れているのだろうか?
J-SH53は街中で他の人間が使っているのはまだ2度ほどしか目にしていない。全世界初のメガピクセルをいち早く手に入れようと朝から行列したあの人たちはいったいどこに行ってしまったのだろう?
SO505iも、発売日の朝には新宿ヨドバシに行列ができていたけども、SO505isになると、翌日の朝でもまだ人気色(のはずの)モデルが手に入ったりした。
どうやら、今のところ、世間的にはケータイはそんなに注目するものでもないのかもしれない。


を知ったのは、中野サンプラザでの初日が終わり、日付が変ろうとしている時だった。

それもチャット中に、他の人から聞いて初めて知ることに。
正直なところ、2ちゃんねるの娘。板は怖くてのぞいていない。
ただ、はっきりと予感めいた物はあったりする。「娘。終わるかもな」

実際には初期メン押しの自分としては、初期のイメージはとうの昔に、完璧に破壊されていると思っている。ここ最近のお子様路線では、明らかに浮いているだけの飯田圭織の姿が痛々しい。
それでもなんとか、5期にも、6期にも、まだ期待できるメンバーがいるかもしれない、と希望を持とうとしているのに、事務所はそこで、わけのわからないタイミングで、本体の中でもそれなりのベクトルを持っている二人の卒業を発表してくる。
そんなぼろぼろの本体が、その後どれだけ芸能界の荒波の中で生き残っていくことが出来るのだろう? あまり明るい材料が思いつかない。
卒業する二人にしても、単独のユニットで今までと同じことをさせておけば大丈夫だとでも思っているのだろうか?
どうにも事務所の計算という物が見えてこない。

それとも、これは、そろそろ違うところへ行けという、ファンへの圧力なのだろうか。

一方これは今日電車の中で思い浮かんだ、完璧にゴミになるネタ。

--
昨日、なんとなく思いついた、TSF界隈向けの設定メモ。

--
なんて言葉をテレビから聞くと、なんだか少しだけ違うんではないか、と思ってしまう。

最近ではそれは、0911をおいて他には無いのではないだろうか。
私達が認識していた日常がいかに脆い存在かを示した一瞬。
ただそのまやかしの日常は、意外に脆かったのだけども、同時に再生能力も高かったので、いつの間にか元のように世界を覆ってしまっているのだけども。

戻ってきた日常は、ほんとうに以前と同じものだったのだろうか?
それよりも、そもそも日常というのはなんだったのだろうか?

でも、これを声高に叫ぶのは、どうやらタブーらしい。

正月といえば、いつの間にか箱根駅伝という感じがしてしまっている。

今年も結局、途中でうとうとしたり、別のチャンネルを回したりしながらも、山場はしっかりと見てしまっている。
そりゃぁ、しかたがない。なかなか体調良くならないのだから。
今日は熱は下がっているけども、鼻づまりと、ノドの奥の炎症、それとピークフローの数値の落ち込みがどうしようもない。果たして月曜日までに良くなるのやら。

さて。

箱根はともかく、駅伝といえば富士登山駅伝なんてものもある。登山道を頂上まで往復するという代物だ。
ハッキリ言って、これ、バカじゃないかと思う。
普段は「霊峰」とかいって崇めておいて、やってることは、登山道を駆け回って、がらがらと土や石を崩してるだけだ。近年、高さが増す要員が無く、そうでなくても雨水に晒され、風化・崩落しているところで、それを加速させるようなことをしてどうするのやら?
山岳に神格が存在するならどうだろう? そろそろ、自らの権威の復権と、保身のために、一発どかんとやってみては……。

昨夜から実はまた体調が悪くなってきている。

今でも身体の末端とか、血管が多く通っていそうなあたりはぽわぽわとあたたかくなっている。起きあがると多少ぼーっとした感覚がある。
なんと、またぶり返すというのは困ったものだが、この際、寝正月になるのも覚悟して上向きにさせないと、どうしようもない。

のどのちょっと奥のあたりでつまった感じとか、鼻づまり気味な傾向とか、どうやら、また風邪だ。
ただ、それと同時にピークフローの値も再び400前後に落ちてきてしまった。
とにかく、栄養つけて、あたたかくして、安静にしていないと……。


ハードカバーの方が行方不明になっているので、ついつい文庫版を買ってきてしまった一冊。

SFの名タイトルを徹底的にパロディにしたコミック集。作者のセンスと知識と「好きだという気持ち」があふれている。
とりみきは、「クルクルくりん」 の時代から好きだったのだけども、多分に「愛のさかあがり」 を経て得た、独自の作風の一つの完成形を見るように思う。その極北には「遠くに行きたい」 という変形9コマの中にまとめてしまうという連載モノもあるのだけども、そこまで研ぎ澄ました表現には行かず、オリジナルのエッセンスや雰囲気を活かしながら、洒落た4ページほどのストーリーが繰り広げられる。
時にはSF以外の作品へのオマージュも織り込まれ、特にコミック界からネタを拾った「アルジャーノンに花束を」(ダニエル・キイス) とか、「溺れた巨人」(J・G・バラード) などは誰にでもわかる、しかし時にディープなネタがつまっている。

それにしても、ここに収められたオリジナルのタイトルを眺めていると、自分はまだまだ SFを読んでいないなと、つくづく思う。
げに、マニアへの道は遠く、受難に満ちているものだ。

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  1. ばら