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Amazonおすすめ とか

自動リンクでいったいどんな商品がピックアップされるのか実験も兼ねて置いてみました。 はたしてこのブログはamazon的には……。



載せてみたりする。

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自分の立ち寄る範囲での本屋とかコンビニでの話。

小学館のビッグコミックスピリッツの扱いが減ってるような感じがする。

いや、減っている。確実に減っている。
入荷している点数まではわからないが、店頭に並んでいる冊数は減っている。
なにせ油断していると、買い損ねることが増えてきているから。

週刊少年サンデーはそこまでひどくないような感じがする。
しかし、スピリッツは……。
大丈夫なのか? この先。
ヤンサンを吸収してから、方向性がわからなくなっているし、隔週掲載とか、月一掲載とか、そんなのが増えてきて、逆に固定客つかみそこねたりしてないか?

迷走は早いところ終わらせておくれ。
それなりにつき合ってきた雑誌が無くなったら淋しいから。


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まさか、これがハードカヴァーで再編されて出ているとは思わなかった。

神獣聖戦 上 Perfect Edition (上)神獣聖戦 上 Perfect Edition (上)
(2008/10/17)
山田 正紀

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神獣聖戦 下 Perfect Edition神獣聖戦 下 Perfect Edition
(2008/10/17)
山田 正紀

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以前、作者の熱が冷めるかのように、当初宣言されていたものがすべて実現する前に終わってしまったシリーズ。
作者の奔放に走り回るイメージが面白かったシリーズだっただけに、それが残念でならなかったのだけども、時を経て、手を入れられて甦ることがあるとは!

いつ読むのか、という問題は棚の上に上げたまま、買ってきてしまった。
わくわく感が止まらない。

amazonのおすすめを整理していたら、後藤次利の名前に出会った。

どうやらようやく過去のアルバムがCDになるようだ。
タイトルからするとフィッツビートのころのもの。

待ち焦がれた。
やっとだ。

あれ? 時期的には草刈正雄が主演した鞍馬天狗のテーマは含まれるんだろうか?

いずれにせよ、楽しみだ。


FITZBEAT YEARSFITZBEAT YEARS
(2008/10/05)
後藤次利

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ハードカバーでも、ソノラマ文庫版でも持っているけど、買ってしまう。

だってそりゃぁ、神林長平の作品だから。

だけど巻末の解説にうまくまとめられてしまっているので、それ以上のことはなかなかひねり出すのが難しい。

確かに「猶予(いざよい)の月」との類似する部分は目をひく。
創成した世界の内部に侵入する主人公、そしてそこで出会う後にかけがえのない位置を占めるようになる存在。
大きく見ると、こういったあたりでは類似したパターンを踏襲していると言える。
踏襲しているといえば、仮想世界あるいは被創造世界内部にあって世界のメタ構造に気づいている登場人物というのも神林お得意のパターンではあるが、ここではこれ以上は触れない。

今作で特筆すべきは、「猶予の月」とは違い、主人公は能動的にかけがえの無い存在と関りあっていく。対立する存在があくまでも被創造物は自分の下にある存在だと振る舞うのとは象徴的に動いていく。
そしてさらにはタイトルに明示されているように主人公は元の世界へと帰還することが運命として刻まれている。そのための「装置」とは何か、このあたりを追い続けるだけでもこの物語の一つの核が見えてくる。

永久刑事たる存在として世界に出現した主人公の存在とは、その過去として語られる昭和の時代の記録ははたして作者の郷愁なのだろうか、章ごとに視点を変えた語りはその構造に気づいたときに思わずニヤリとするとか、ヒロインの配下のチーム・メンバーのあまり大っぴらには描かれないまでも魅惑的なキャラクターとか、語りたいことは数々ある。
しかし今必要なのはただ一言だ。読め。それだけでよい。

あれ? おかしいな。猶予の月も、ハードカバーも文庫も持ってるはずなのに見あたらないなぁ……。





永久帰還装置 (ハヤカワ文庫 JA (918))永久帰還装置 (ハヤカワ文庫 JA (918))
(2008/03)
神林 長平

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タイトルの元となっているのは明らかに「死んで花実が咲くものか」


物語はいきなり作中人物によるエキセントリックな過程が告げられる。いわく、われわれは死んだのだ、いるところは死後の世界なのだ、と。
そして舞台はといえば、産業廃棄物に埋もれた信州の山あい。情報軍の小隊(コード名、ネコさがし)の降旗少尉、知念軍曹、大黒一等情報士の三人が、上空を泳いでいた巨大なクジラをハンドキャノンで撃って落ちてきた肉を鉄板で食べながらの話だ。小隊の任務は脳に情報を入力された首相の猫「オットー」を探すこと(作戦名、マタタビ作戦)。
オットーを追跡するための「マタタビ装置」を搭載した情報車「秋月」に搭乗した三人は作戦開始直後に異様な世界に出くわすことになる。

そして早々に作中で仮定された世界のありようが、死後の世界に存在する小隊ということになる。これは少尉から他の二人にも説明がなされる。

死者とは通信できない。死者も、できない。そういう状況が死なんだ。それ以上のことは、わからないわけだよ。なにしろ通信不可能なんだから。いまわれわれのおかれた状況はまさにこのとおりじゃないか。

(18ページ)


自らの存在を確かめつつ、世界は本当に死後のものなのかを疑いつつ、かつ任務も遂行し、三人は世界を探索する。常に思索しつつ。

余談ながら、本作では会話の占める割合が非常に大きい。ぱらぱらとページをめくっても、その多くが会話によって成り立っていることが分かる。会話を通して、作中人物各々の考え方や立ち位置、性格といったものも浮き上がってくるようになっている。ことさらに小隊の三人の掛け合いは軽妙で、その実重大なことを語っていてもさらりと流してしまえそうな文字の醸し出す雰囲気と作者の手法は、敵は海賊シリーズを凌駕する域に達している。

そんな小隊の任務の遂行は、一歩間違えば珍道中になりかねない勢いも持っている。が、そうはならない。着実に作中人物にも、読者にも、意表を突くような現象が現れるからだ。そこでさらに重ねられる推論。作中で検討される物事は単に「死」だけではなく、世界のありようにまで及ぼうとする。



そしてついに「現実世界」からの「メッセージ」が小隊に届く。やはり読者までもが驚くような形で。いや、論理的に考えればその届け方はいたってまっとうな手順かもしれないが。
そこから派生していくエピソードは一気に加速し、まさに目を離すことが出来なくなっていく。導き出される世界は、現実世界での死だけでなく、関連した魂や世界そのもののありようにまで説明が出来るように思えるかもしれない。


あまり長くはないので、一気に読み進めることをお勧めする秀作。
少しずつ読んでも悪くはない。しかし読むことの興奮を味わうためには、一気には及ばない。SFの到達点の一つとするのは大袈裟過ぎるだろうか。最後のシーンに達したときの心境はそれに匹敵するものはあるはず。



さらに余談ながら、この物語を読んでいて、ふと思ったことがある。それは「郷愁」だ。
舞台の一つとなっているのが作者が居留している松本平。そこは作中の降旗少尉の生地でもあり、さらには少尉の生年と思われる時空が登場するのは、少尉を通しての作者の還るところを求める思いが流れているのかもしれない。少尉たち以外にも、死した後、自らの関与した建物に戻ってきた人物もいるし、「帰宅する」ことが意味を持つエピソードも繰りかえし挿入される。
この還ろうとする思いは総じて見れば、「膚の下」にも、新装版の文庫が出たばかりの「永久帰還装置」にも通底しているようにも思える。読み手の勝手な想像ではあるが。



死して咲く花、実のある夢 (ハヤカワ文庫JA)死して咲く花、実のある夢 (ハヤカワ文庫JA)
(1996/10)
神林 長平

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ディックの長編量産期の終盤、1969年に出版された作品。

サンリオSF文庫が無くなって以来、いまだに他の出版社からは刊行されないもののうちの一つ。
同時期に出版された「UBIK」から始まり、問題作「VALIS」の続編「聖なる侵入」へと向かうベクトルを持っている。
その直接的なモチーフは例えてみれば、世俗的なものとして示現する超越的な力を有する存在や、それが本来の姿や力を取り戻すための過程にも共通項を見て取れる。
そんな物語は、どこか寓話的な色彩を身に纏っている。

徹底的に管理・統制された社会の中での、壺直し職人(ポット・ヒーラー)のジョーの楽しみは、翻訳機械を用いたゲームに興じることだけだ。仕事はもう何ヶ月も無い。そんなジョーの元へ、シリウス5の超生物グリマングから求職の連絡が入る。
シリウス5に集った多様な星系の生物たち。そのいずれもが社会的に困窮に陥り、敗残者的な位置にあったという設定はいかにもディックらしい。そしてディック作品に頻出の黒い髪の女性も登場。時に神々しく姿を現すグリマングや、未来のことも含めてすべての出来事が記録されている「カレンドの書」など、次々と繰り出されるアイディアからは目が離せない。
プロットもディックらしく混乱し破綻がある。しかしこの時点でのディックにとっての救済の方向が見てとれ、それがどういう方向にあるかを読み取るのも一興だ。


ディックが長編を量産していた時期に出版された佳作

タイトルから何を思い浮かべるだろうか?

ちなみに原題は「Counter-Clock World」。反対に動く時計、言ってみれば逆に時間が作用する世界。
しかしこの作品での時間はそんな単純な作用をするものではない。

人々の生活は朝に始まり夜へと至る。それは一見、ふつうの生活に思える。しかし煙草を吸う行為は時間とともに長くなる手元のシガレットとして作用し、最後には新品の紙巻がパッケージに収まることになる。食事は口から吐き出すこととなり、汚れていた皿は綺麗なものに変わっている。そして最大の現象は、死者が墓から蘇り生者ともども年々若返っていき、やがて赤子になりそして女性の子宮へと帰っていく人間の一生として表れている。

時間が、いや因果関係が逆転している現象の詳細は作中では触れられない。
説明されている部分としては次のようなものがある。

「終わりのラッパは」「一九八六年の六月のある日鳴った」後にこの時間逆流現象は彼の名にちなんでホバート位相(フェーズ)と名づけられたが。


ほどなく復活する人々は、死者の最後の人たちだ。一九八六年六月以前の最後の死者。だがアレックス・ホバートによれば、この時間の逆行は後へ後へと進行しつづけ、さらにまた大きな時間帯へとおよび、もっと前の、さらにまた前の死も復活しはじめるだろうちう


主人公のセバスチャンもそうした墓場から甦った老生者(old born)の一人だ。10年前に土の下から掘り返されたセバスチャンは、今では甦った死者を墓場から掘り出し、適切なところへと引き渡す商売、バイタリュウムを営んでいる。
ある夜、墓を掘り返していたセバスチャンたちは、自由ニグロ共同体の思想を広めたユーディ教のトマス・ピーク教祖の墓を見つける。これをきっかけに、ユーディ教の指導者、ピーク教祖を亡き者にしようとする図書館と強制実行部隊とも言える消去局、そしてローマの宗教勢力とがピーク教祖を巡ってバイタリュウムとの接触を開始し、セバスチャンは否応なくその争いの中に巻き込まれていく。

ここでの図書館は、本来のその言葉が持つものから転じ、世のためにならないと(作中の権力者が)判断した本や新聞などの出版物や楽譜などを物理的にも(しかしホバート位相の作用した物理の支配する下での)消去しようとする組織だ。言ってみれば、「未来世紀ブラジル」や「1984」で主人公が勤務していた機関に通じる作業を司っている。

「図書館におけるわれわれの仕事は、資料を調べたり、もしくは暗記したりすることではない。それを消去するのが仕事だ」



以下、若干のネタバレ。


⇒ 続きを読む
購入したのは新潮文庫版

実は読んでみようと思い立ったのは、とある人のブログで、歳をとってから読むと印象が昔とは違っていた、という声を見かけたから。
自分の場合、太宰はいくつか読んではいたけれども、斜陽は初めてのはず。長編としては、「人間失格」は昔に目を通したことがあったかもしれないが、内容は記憶に残っていない。
となれば、自分はこの歳で読むとはたしてどうなのだろうかと、手に取ってみた次第。

量としてはそんなに多くもないので、さして時間をかけることもなく読了。
さて、感想はというと。

母親がすごいなぁ。



















「それだけですか?」
「それだけです」










いや、いろいろと感じてることはあるのだけどもね。最後に向かうにつれて、とんでもなくドロドロとさせたよなぁとか、もろもろ、いろいろ。
でも、下手に言葉にしたところで、きちんと意を映し出すほどのものになるとはとうてい思えず、太宰の文章にちょっとした目眩を覚えつつも、青空文庫で人間失格を読もうと決めた初冬の一日。


斜陽 斜陽
太宰 治 (1950/11)
新潮社
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読んだばっかりのような気がしていたら、出ていたのに気づいて慌てて買った新訳版

とは言っても、以前のものはサンリオSF文庫から出ていたので、現在では現実的に入手できるのはこの版のほうになる。

訳文は、ヤンスマンを補佐官、レディを要員(レッディ)と日本語にしてページ頭で読みをルビに振っているのが多少引っかかる。どうも昔ながらのディックを読むときのクセなのか、造語っぽいものも含めてガジェットの類はカタカナでどんと置かれているほうが自分の好みらしい。
しかしなぜかストーリーとしては新訳のほうが掴みやすい。というか、人物の物語内での役割としての立ち位置や意思がすんなり流れ込んできたように思う。以前にサンリオ版を読んでいたのが予習代わりになった可能性もあるかもしれないが。

ディックの中では比較的に読みやすい部類に入るだろう。ただしディープではない。
ディープさを求めるなら、この時代の他の長編を手に取ったほうが良いかもしれない。



最後から二番目の真実 最後から二番目の真実
フィリップ K.ディック (2007/05)
東京創元社
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ディック中期の長編が多作だった時代の中で、出来の良い部類の一冊

この頃はまだ聖書に基づいたエピソードやキャラクターの肉付けが主ではあるが、テーマへの「神」の絡み方が大きな要素になっている。
この作品で語られるのは神に近い領域にあるかもしれない存在。それは偏在するという点、そして絶対的な悪意の存在という点においては、後に刊行される長編「ユービック」との関連も見逃せない。
多視点で語られるストーリーにはややバランスの危うい点も見受けられるが、晩年のディックが展開する救済に至る道筋が示し始めている、注目作。破綻も少ないので読み物としても悪くはない。けっこう視覚的イメージに満ちてはいるがこれまでに映像化はされていない。セクシャルなシーンやバービー人形を意識したモチーフ、それとLSDに通じる薬物を使用しての幻覚などがそれを妨げているのだろうか。

地球は原因不明の気温上昇が続き、昼間の地表はなんの対策も無しでは出歩けない状態。火星などの植民地は現実への希望を無くし、パーキー・パット人形と違法ドラッグを用いて在りし日の地球の幻覚に溺れる人々に溢れている。そこへ訪れるさらに最悪の存在。
しかしそれでもなんとかなるだろうというわずかな希望。それこそが、意識していたのかそれとも無意識なのかはわからないが、ディックが望んでいたものそのものなのだろう。



パーマー・エルドリッチの三つの聖痕 (ハヤカワ文庫 SF (590)) パーマー・エルドリッチの三つの聖痕 (ハヤカワ文庫 SF (590))
浅倉 久志、フィリップ・K・ディック 他 (1984/12)
早川書房
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  1. ばら
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